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Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・2
「し、死神の正体、分かった」
 昼休み、食堂で会うなり田島君に報告すると、「へええ」って目をキラキラさせながらオレの話を聞いてくれた。
「どんな人? やっぱ、おっかない感じ?」
「お、っかない、けど」
 田島君の問いに答えつつ、うーんと考えを巡らせる。
 死神先輩の名前は、阿部隆也。オレの隣のデスクの人で、仮配属の間、オレの指導係をしてくれる先輩だ。
 先輩が死神って言われる理由って、言葉にしようとすると難しい。おっかないっていうか、声も体も大きいからそんだけで威圧感あるし、言葉遣いもちょっと荒いから余計にビビる。
 「おい」って短く呼ばれるだけで、ついついビクッとしてしまう。でも、命を刈られそうって感じの怖さじゃないのは確かだった。
 どっちかっていうと、不気味っていうか、不健康そうっていうか、今にも死にそうていうか、そういうイメージの死神みたい。紺やグレーのスーツ着てても、何か黒づくめな雰囲気あるんだって。
 それに、知らない間に後ろに立たれててギョッとする、なんてことも多いみたい。
 背が高くて筋肉質で、垂れ目で眉がキリッと男らしくて、顔立ちは整ってる人なんだけど、それよりもオレとしては、目の下のクマの方がかなり気になる。

「こ、怖いっていうか、クマ……」
「熊?」
 オレの呟きに、きょとんと首をかしげる田島君。
「そんな怖ぇの?」
 がおー、と両手を上げて熊みたいなポーズをする田島君に、うへへと笑い声を上げた時――。

「誰が熊だ」

 そんな低い声が真後ろから聞こえて来て、飛び上がるくらいビックリした。
「ひぐっ」
 驚いた拍子に、定食の盛られた皿がガシャンとなって余計に慌てる。生姜焼きの汁がちょっとテーブルにこぼれちゃったけど、どうすればいいのか分かんない。肉はこぼれなくてよかったけど、よかったって思う余裕もない。
 あわあわしてるオレをよそに、その人はドスンとオレの横の椅子に座って、テーブルの上にカレーの乗ったトレイを置いた。
 阿部さんだ、って気付いたのはその時だ。
「早く食えよ、午後は外回り行くぞ」
 何事も無かったかのように、淡々と告げながらスプーンを手に取る阿部さん。オレの動揺も失言も、何も気にしてないみたい? カレーのスパイシーなニオイが、オレたちのテーブルにぷうんと漂う。
 大盛り……特盛り、かな? とにかく山盛りのカレーの他にはサラダもスープも付いてなくて、野菜取らないのかなって、ちょっと思った。

 テーブルの向かい側に座ってた田島君が、ちらっとケータイを見せて来て、間もなくブゥンとオレのケータイが着信に震える。
――知り合い?――
――先輩、死神――
――マジか――
 黙ったままそんなやり取りをケータイ越しに交わし、粛々とメシを食う。
 オレよりも田島君よりも先にカレーを食べ終わった阿部さんは、オレを呆れたような目で見て、「まだ食ってんのか」って、ちっと舌打ちを1つした。
 怖いって訳じゃないんだけど、おっかない。そんで、目の下のクマがやっぱヒドイ。
「死神先輩、マジ死神だな」
 阿部さんが去った後、ぼそっと田島君が言ったセリフに、オレは「う、ん」とうなずくしかなかった。

 そんな死神っぽい阿部さんだけど、外回りの時は打って変わって生き生きと、生き神様に変身する。
 相変わらずクマはヒドイし、ぬうっと現れてビビらされるし、声も大きくておっかないんだけど、「死神」って感じじゃない。生き生きしてる。
 フィールドワークが中心の営業部だから、外回りが多いのは理解できるんだけど、阿部さんのフィールドワークは営業3課の中でもダントツに多いみたい。受け持ちの数はみんなと変わらないのに、顔を出す回数が倍くらいなんだって。
 特に用がなくても社用車をかっ飛ばし、「ちわーっ」ってあちこちに顔を出してく阿部さん。
「近くを通りかかったんで」
 って、ウソばっかだけど、それがウソだってのは得意先の人たちに通じてないっぽいから、「精が出ますねぇ」とか「お疲れ様です、大変ですねぇ」ってみんな口々にねぎらってくれる。
 そんでついでのように、欠品はないかとか不具合はないかとか、御用聞きみたいなこともしてる。
 まだ仮配属のオレのこと、「新人です」って紹介してくれるのは嬉しいんだけど、用もないのに顔出す必要、あるのかな?

「よ、用事なく、ても行くん、です、か?」
 ビクビクしながら訊くと、「当たり前だろ」っていい笑顔で即答された。
 阿部さんが言うには、マメに訪問することによって顔や名前を憶えて貰えるし、印象もぐんぐんよくなるんだって。ないがしろにされてるって感じるよりは、気にして貰えてるって感じる方が先方にとっても嬉しいし、ここぞって時に要求も通りやすいって。
 そう言われれば確かに、営業ってそういうトコあるのかもだけど……それにしたって、阿部さんはあちこち飛び回り過ぎだと思う。
 なんだかんだ言って、結局フィールドワークが好きなだけなんじゃないの、かな?
 フットワークの軽い阿部さん。生き生きテカテカしながら外回りをこなす阿部さん。外回りを重ねる分、書類仕事も積み重なって行くんだけど、分かっていながら飛び回るのを止めない。仕事大好き人間。残業気にしない。
 社畜って、こういう人のことを言うんだなって、しみじみと理解した。
 阿部さんがいつも何時に退社してるのか、まだ仮配属な新人のオレにはよく分かんない。
 オレはまだゲンミツには研修中だから、定時になると追い払うように帰らされるんだけど、阿部さんはその後もオフィスに籠って、内勤業務をこなすらしい。

 外回りの時はあんなに生き生きしてた彼が、オフィスに戻ると同時にシーンと鎮まって死神みたいな雰囲気になるのは、ちょっと不思議だ。オレだって、いつかはバリバリ働きたいって思ってるけど、さすがに阿部さんの真似はできない。
 仕事大好きなのはスゴイけど、取り敢えず、野菜とかもうちょっと食べた方がいいんじゃないかなーと思った。

(続く)

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