Season企画小説
社畜で死神な先輩とオレ・1 (社会人・2021三橋誕)
「それでは研修の終了を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
幹事の口上に合わせ、同期のみんなが手元のグラスを軽く掲げる。
研修の終了、って幹事君は言ったけど、それは本社研修室での合同研修が終わっただけであって、新入社員研修はこの後もまだまだ続く予定だ。
ゴールデンウィーク明けには実地研修として、各部署にそれぞれ配属される。そこで業務を学びつつ、週に1度だけはまた研修室で研修だって。
それでもこうして打ち上げ的な飲み会をするのは、同期で集まるのが楽しいからもあるだろう。
グラスの中のビールをぐっと飲み、ぷはーっ、と息を吐きつつ目の前のテーブルをちらりと見る。
唐揚げ、焼き鳥、アスパラベーコン、チーズ巻き、ウィンナーの盛り合わせ……肉多めの大皿ばかりだけど、まだ熱々ですごく美味そう。
さっそく唐揚げを取り皿に取り、熱々のそれにかぶりつく。はふはふと口いっぱいに頬張って、ジューシーな旨味を堪能してると、「みっはしー!」と陽気な声がして背中をバシンと叩かれた。
「食ってるかー?」
同期の言葉にこくこくうなずきながら、ビールで唐揚げを飲み下す。
「三橋って、どこ配属だっけ?」
「え、営業、3課」
オレの答えに「へえー」と相槌を打ちながら、同期の彼は焼き鳥を1串つまみ上げた。
「た、田島君、は?」
「オレは企画部。なあなあ、営業3課って、フィールドセールスするとこだっけ。違った?」
田島君の問いに「うん」と答えつつ、アスパラベーコンとチーズ巻きを大皿から取る。彼の言う通り、営業3課は外回りのフィールドセールスをメインにする部署だ。
ホントは内勤業務を希望してたんだけど、内勤の営業も内勤だけで終わる訳じゃなくて、最終的には外回りの人にバトンタッチすることになるから、外回りの経験も大事なんだって。
そう言われればそうなのかなって気もするけど、同期で営業1課に配属になった人もいるし、選考基準はよく分かんない。
オレ、人見知りの自覚はあるし、喋るのあんま得意じゃないんだけど。なんで外回り営業なんだろう? 体力有りそうだから、かな?
「企画部も結構、社外活動多いらしいぜ。よく知らねーけど」
陽気な声でそう言って、田島君はケラケラと笑う。いつも元気いっぱいな彼だから、どこの部署に配属されても元気に仕事をこなすんだろう。
オレも、元気よく仕事、頑張りたい。
むしゃっとアスパラベーコンに食いついてると、田島君が「なあなあ」とオレの肩に腕を回した。
「営業3課って、『死神』ってあだ名ついてる人いるんだって? どんな人?」
わくわくと楽し気に尋ねられ、「死、神?」ってこてんと首をかしげる。残念ながら初耳だ。まだ配属1日目だし、今日は挨拶しただけだから、課の中にどんな人がいるのかもよく分かんない。
隣のデスクの人も外回りでいなかったし、今日はホントに、課長に挨拶できただけだった。
それにしても死神だなんて、一体どんな人なんだろう? 怖いのかな? 厳しいのかな? 陰気とか? 一緒に組んだ人が次々辞めてったりとかするのかな?
田島君は「大鎌でも持ってんじゃねぇ?」なんて言ってたけど、外回りメインの営業部員が大鎌なんか持ってるハズもない。
そもそも田島君も噂を聞いただけらしいから、死神の由来も何もよく知らないみたいだった。
そんな飲み会を経た連休明け、いよいよ営業3課での実地研修が本格的に始まった。
もう研修室には集まらない。社ビルの玄関ホールを通り抜けてエレベーターに乗ったら、研修室のある5階じゃなくて営業部のある3階へと直行、だ。
緊張しつつ廊下を歩き、営業3課のドアをくぐる。
「お、はようござい、ます」
小声でぼそぼそと挨拶しながらオレのデスクへと荷物を置くと、隣の人と目が合った。黒いスーツを着た男の先輩、金曜にはいなかった人、だ。
「おっ、お、はようご、ざい、ます。きょっ、きょっ、今日、から、お世話になる、三橋、ですっ」
ドモりまくりながら苗字を名乗り、深々と頭を下げる。
先輩は「おー」って短く言ったっきり、パソコン画面に視線を移して名前も教えてくれなかったけど、きっとこれから知る機会もいっぱいあるし。そんなに焦ったりはしなかった。
キョドリつつもデスクチェアを引き、遠慮がちに浅く座る。
慣れない部屋、慣れないデスク、オレ1人だけが異分子で、どうすればいいのか分かんない。
取り敢えず筆記具と研修ノートはカバンから出したけど、それ以外にどうすればいいのか、右も左も分かんない。朝礼の時に改めて紹介してくれるっていうから、それまで黙って静かに待つしかなさそうだった。
パソコン画面から目を逸らさず、カタカタカタカタと軽快にキーボードを叩く隣の先輩をちらりと見る。
営業3課は外回りメインだけど、事務処理とかその他、デスクワークも少なくはないんだって。先輩がやってるのも、その1つなんだろうか?
営業職のデスクワークって、何だろう? 報告書とか、契約書? よく分かんないけど、手元のメモを時々ちらっと見るだけで、カタカタ高速で打ち込めるの結構スゴイ。なんか、デキる男って感じする。
ただ、先輩の目の下に黒々とクマができてるのには気になった。
寝不足かな? 栄養足りてる? それともこんなになるくらい、フィールドセールスって大変なの、か?
(続く)
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