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Season企画小説
ハートの行方・中編
 そんなこともあったなぁと10年前のことを思い出したのは、阿部にクッキーを作れるかって訊かれたのがきっかけだった。
「クッキー? なんで?」
「そろそろホワイトデーだろ」
 オレの質問にニヤリと笑みを漏らす阿部。
「レンから強烈なチョコ貰ったし、ホワイトデーには3倍返ししてやんねーとな」
「強烈……?」
 首をかしげるオレの呟きに、阿部からの説明はなかった。一体どういう強烈さなのか気になったけど、どうせ下らねーことなんだろうと思う。
 バカップルの打ち明け話を耳にしたって、何も得することはねぇ。それはこの10年で仲間内の誰もが思い知った事実だ。
 のろけ話の聞き手は御免だが、クッキー作りを手伝うくらいなら否もない。「教えてやろーか」と申し出て、阿部へのクッキー教室が決定した。

 開催日は3月14日、ホワイトデー当日の日曜日。
 当日で大丈夫なのかと思ったけど、三橋はどうせ不在だから、当日に作るんでもいいんだとか。そう言われて、そういやプロ野球もそろそろシーズンだなと思い出す。
「三橋は……オープン戦か?」
「ああ、大阪ドーム3連戦。今日の午後3時から登板予定」
 その言葉に「へえ」とうなずく。時刻は現在10時過ぎ。今からクッキー作っても、3時なら家に帰って余裕で中継を見れる時間だ。
 TV中継があるのかどうかは知らねーけど、イマドキはネットでも試合の様子は中継されるし、多分問題はねぇんだろう。
「試合前に電話とかしねーの?」
 オレの問いに阿部は「しねぇなぁ」とあっさり言った。
「メールくらいは送るけど、返事来ねーし。多分試合終わるまで、ケータイの電源すら入れねーんじゃねぇ?」
 ふっ、と笑いながらの言葉に「まさか」って言いそうになったけど、いや、あの野球バカの三橋ならあり得そうかもなと思う。
 野球が一番でその他は二の次。そう考えると「その他」の阿部が不憫な気もするけど、阿部に不憫って言葉が似合わな過ぎて、同情する気にちょっとなれねぇ。余計なことは何も言わず、粛々とクッキー作りを指導するだけにした方がいいのかも知れねぇ。

 さて、その不憫かも知れねぇ阿部に教えるのは、ざっくりとした生地をスプーンですくって天板に落とす、ドロップクッキー。
 諸々大雑把な阿部に合わせた、手軽で大雑把なクッキーだけど、チョコチップを混ぜたりナッツやドライフルーツを混ぜたり、色んなアレンジが楽しめる。
「では、クッキー作りを始めます」
 オレの貸したエプロンを身に着けた阿部が、「うーす」とノリの悪い返事を返す。
「レンのエプロン姿は可愛かったけどな……」
 オレの方をじろじろ見ながら失礼なことを呟いてっけど、阿部に可愛いとか思われたくねーし、三橋のエプロン姿になんか興味はねーから黙ってて欲しい。
「まずは生地を作るぞ」
 阿部のぼやきをスルーして、バターの塊をボウルに移す。阿部が来る前にあらかじめ準備してたから、温度も柔らかさもバッチリだ。
 とはいえ、昔三橋らにしたように、ウンチクを語る気分にはなれねぇ。

 阿部にゴムベラを渡し、まずはバターを混ぜさせる。砂糖を加えて混ぜた後、ハンドミキサーを使うよう言うと、「はあー?」って反抗的に文句を言われた。
 こういう手順を面倒臭がる辺り、阿部は料理に向いてねぇ。
「まあ、ガラス棒使うかスターラー使うかの違いみてーなモンか?」
 などと訳の分かんねぇことを呟きつつ、素直に卵を混ぜ始めたから、一応ヤル気はあるらしい。
「あ、そーだ。写真撮ってくれよ」
 ケータイをアゴで差され、やれやれとそれに従う。一瞬「なんで?」って訊きかけたけど、どうせ三橋に見せるに違いねーから、質問するだけムダだろう。
 イイ笑顔でハンドミキサーを操る阿部の写真を撮り、クッキー生地のアップも撮る。
 小麦粉をふるって粉まみれになる阿部、小麦粉を混ぜんのに集中してる阿部、カメラを向けたオレをじとっと睨む阿部。こんな阿部の写真を三橋が喜ぶかどうかは知らねーけど、手作り感は出るだろうと思う。
 ……そういや昔、三橋らとクッキー作った時は、写真なんか撮らなかったよな、と、どうでもいいことを懐かしく思い出した。

 阿部の希望に合わせて、最終的に作ったのは3種。
 プレーンの生地に定番のチョコチップを入れたのと、同じくプレーンの生地にドライフルーツを入れたもの。それと、ココア生地に刻んだミックスナッツを入れたものだ。
 ホントは甘栗がいいって言われたけど、甘栗は焼いたら固くなっちまうから却下した。
「なんで甘栗?」
 オレの疑問に「オレとレンの愛の証だから」って、ニヤリと笑う阿部がウゼェ。意味が分かんねぇけど、分かりたくもねーから、詳しくは訊かねぇ。
 大事なのはクッキーの出来だ。
 ドライフルーツにもこだわりがあるみてーだったけど、それも詳しくは聞かなかった。
 ナッツやドライフルーツを刻む手つきはなかなか慣れてて、家でもそこそこ自炊してんのがよく分かる。それも三橋のためなんだろうなって、言われなくてもよく分かった。

「生地ができたら、スプーンですくって天板に落として並べてく」
 クッキングシートを敷いた天板に、まず見本としてチョコチップクッキーの生地を落とす。
 大きさはお好みで、って言いたいとこだけど、焼き上がりがムラになるから大きさは大体揃えて欲しい。
「残ったチョコチップを、上から加えてやると見栄えがいい」
 淡々と説明しながらチョコチップを加えてやると、阿部が「へえ」とうなずいた。
「できたら焼くだけ?」
「ああ」
「なんだ、簡単だな」
 ニヤリと笑いながら言われて、簡単なの選んだからな、って心の中だけで返事する。
 生地を冷やして寝かせる必要もねーし、生地の温度を気にする必要もねぇ。表面がデコボコにならねぇよう気ィ遣う必要もねぇ。そう考えると、型抜きクッキーに比べりゃ随分簡単かも知れなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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