Season企画小説
ハートの行方・前編 (2021ホワイトデー・高1〜社会人・巣山視点)
この話の後半は、2021バレンタインデー「今、側にいなくても」の続編になります。
使い慣れた我が家のキッチンに、見慣れた顔の男子高校生が4人。
いつもグラウンドで見てる顔なのに、妙にむさ苦しく感じるのは、ここがグラウンドじゃなくてうちのキッチンだからだろうか?
「ではこれから、型抜きクッキー作りを始めます」
先生役のオレの言葉に、残り3人が「しゃっす!」と調子よく頭を下げた。元気だけはいい田島と、にこにこ機嫌のいい栄口、そして2人からワンテンポ遅れてる三橋。
なんでこの3人がオレんちに集まってるかというと、それはオレ自身にもよく分かんねぇ。
そもそもオレにクッキー作りを頼んで来たのは三橋で、田島と栄口はその場に居合わせただけだった。
どうやら三橋は、ホワイトデーのためにクッキー作りをやりてぇらしい。「手作りで返すのか?」って田島が三橋に訊くのを見て、バレンタインのことを諸々思い出す。
そういや女子からチョコ貰ったの、野球部では三橋だけなんだっけ? いや、こそっと貰って黙ってるヤツがいねぇとも限らねーけど、どっちにしろオレには関係ねぇ。
ただ、ホワイトデーって聞いて、クッキー作りもいいなと思ったのは確かだ。
ちょうど学年末試験も終わった後だし、卒業式準備のために午前中授業で部活はなし。家で菓子作りをするには都合よかった。
「オレもオレもー」と手を挙げた田島と、「えっ、お菓子作るの?」と目を輝かせた栄口とを加えて、4人でのクッキー作りが決定した。
オレんちに向かうついでに、行きつけの製菓材料店で無塩バターと粉砂糖、薄力粉と卵を買う。材料費は4人で割り勘。当然、出来上がったクッキーも4等分の予定だ。
買って来た材料を作業台の上に並べ、普段使いのエプロンを着けると、3人から「おおおー」と声が上がった。
「巣山君、エプロン」
「本格的ぃ〜」
三橋らの言葉に「当然だろ」とうなずいて、まずはよく手を洗わせる。
「まず初めに、バターは常温に戻しとく必要がある。今日は、店から買って来たばっかだから、多分ちょうどいいくらいだ」
バターの包みの上から指を押し付けると、予想通りにへこんでくれて、うんとうなずく。
「小麦粉や卵は、夏場は冷やしとく方がいい。まあ今は3月で気温も低いし、このままでいいだろう」
オレのウンチクに、「おおおー」と声を揃える3人。小麦粉を量ってふるいにかけさせると、粉だらけになりながらもキャッキャと嬉しそうだ。
次に粉砂糖も量らせて、バターに手早く混ぜていく。
三橋は鍵っ子、栄口は父子家庭ってことで、多少の家事の経験はあるらしーけど、お菓子作りはさすがに未経験だったみてーだ。3人ともハンドミキサーに興味津々で、粉砂糖を混ぜんのも卵を混ぜんのも、ノリノリで楽しくやり終えた。
「次は小麦粉を混ぜます」
オレの説明に、「うっす」と声を揃える3人。
「半分は小麦粉だけ、もう半分はココアを入れて、その分だけ小麦粉を減らす」
「おおー」
いちいち感心したように声を上げてくれんのが、楽しくも面はゆい。お菓子作りを楽しんでんのが伝わって、教えてるオレも楽しくなる。
ただ混ぜりゃいいだけじゃなくて、焼き上がりにムラが出ねぇよう、生地がすべらかになるまで念入りにすり混ぜんのが肝心だ。そんな単純作業も3人は面倒臭がらず、「こんくらい?」「もっと?」ってわいわい言い合いながら、生地作りに精を出した。
「できた生地はラップに包んで冷蔵庫で寝かせます」
テキパキとラップに包んで見せながら説明し、同じように包ませる。
ホントは2〜3時間、できれば一晩寝かせてぇとこだけど、別に売り物にする訳じゃねーし、そこまでこだわんのもどうかって感じだろう。
「寝かせてる間、公園行かねぇ?」
バットを見せながらニヤリと笑うと、3人は顔を見合わせて、またもノリノリで「おおー!」と拳を振り上げた。
お菓子作りも楽しいけど、やっぱコイツらには野球が1番だよなと思う。
靴を履いて玄関先で軽くストレッチをこなし、競うように公園に向かう。バットは生憎2本しかねーけど、4人で交代すりゃいいだろう。
「100ずつ交代な」
「その間、階段ダッシュでもやっとくか」
「オレ、ダッシュ」
わいわいと意見を交わしつつ、田島と栄口にバットを譲る。
「阿部がいりゃ投球練習もできんのにな」
ふと思いついて三橋に言うと、三橋はううんと首を振った。
「阿部、君は、今日は用事ある、って」
とつとつとした説明に、「ふーん」と返事するオレ。
「お前らっていつも一緒にいるような気がしてたから、ここに阿部がいねーのって変な感じだな」
何の気なしにそう言うと、三橋は「うへっ」って照れたように笑って、白い頬を赤くした。
その後、生地を型抜きする時に三橋が選んだ抜型は、野球ボールの形のだった。スタンプ式で、ボールの縫い目までくっきり付けてくれる一品だ。
抜型を大小組み合わせてツートンのクッキーにしたり、極小の丸を幾つも抜いて水玉模様の生地を作ったり。色々バリエーションを教えてやると、田島も栄口もノリノリで型抜きを楽しんでた。
「イチゴの何かを混ぜると、ピンク色のハートができるんじゃない?」
なんて、栄口が夢見がちなことを言ってたり。
ありったけの抜型を使って、田島がいろんな形のクッキーを作ろうとしてたり。
楽しみ方は3人それぞれだったけど、あくまでボールにこだわる三橋も、これはこれでアリだと思う。
1個だけこっそり、ハート型のクッキーも作ってたのが見えたけど、見て見ぬふりをしてやった。ハートなら栄口がウキウキで作ってたし、特におかしいことでもねぇ。
それに……多分、バレンタインにチョコをくれた女子に渡す訳じゃねーような気がする。
うちの部は恋愛禁止だし、女子とのあれこれがねーんなら、それでイイ。
「お、礼に渡す分、とー、オヤに渡す分、とー、ゆう君ちに持ってくの、とー……」
焼き上がりの熱々クッキーをざらざらと集めながら、三橋がとつとつと嬉し気に語る。
「あと、阿部君、にも」
恥じらうようにこそりと付け足された言葉に、オレは「へえ」としか答えなかったけど――何となく、ハートの行方を悟ったような気になった。
(続く)
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