Season企画小説
今、側にいなくても・後編
『まず、材料のご紹介、から』
エプロンを着たレンが、カメラに向かってとつとつと喋る。
『チョコレートは、お好み、で。今日は頂き物、の、板チョコをご用意しており、ます』
料理家のオバサンみてーなことを言いつつ、レンが巨大な板チョコをカメラの前に持ち上げる。ドーンと見せられたのは、パソコン画面よりもデカそうなビッグサイズのシロモノで、「デカッ」って思わずツッコミが漏れた。
ファンから貰ったチョコの1つなんだろうか? 『普通サイズの8、倍だって』ってにこにこ笑ってるレンはすげー嬉しそうだ。
『それから、ドライマンゴー、と、ドライアップル、ドライオレンジ、と……』
テーブルの上にずらっと並んだ材料を、料理番組ん時みてーに1つ1つレンが説明する。
この説明に意味があんのかっつったら、多分ねぇんだろう。けど、ごっこ遊びだと思えば、オレも余裕持って楽しめる。
「これ、どこで買って来たんだよ?」
『ド、ライマンゴー? は、ホテルの売店、だ』
「へえ」
マンゴーって、宮崎だっけ? キレイなオレンジ色の大きめのヤツで、そのままでも十分美味そう。むしろ甘ったるいチョコは邪魔なんじゃねーかってちらっと思ったけど、今日はバレンタインだし、チョコに文句つける気にはなれなかった。
『ボウルとか、道具は、100均で買って来た』
「どこの100均だよ」
オレのツッコミに、『駅の近く』ってレンが答える。
『まず、は、チョコを刻み、ます』
そう言いつつ、巨大な板チョコをうんしょうんしょと刻むレン。今使ってる小さめの包丁も、まな板代わりのカッティングシートも、ついでにエプロンも、どれも100均で買って来たとか。
春キャンプ中に何やってんだって思ったけど、オレのためにわざわざ用意してくれたのかと思うと嬉しい。100均の店員も、キャンプ中のプロ選手がこんなモン買いに来て、ビックリしたんじゃねーかって笑える。
「なかなかお上手ですね。普段からお料理されるんですか?」
料理家のオバサンの真似して声を掛けてやったら、レンが作業を続けながら『うへっ』って笑い声を立てた。
「そんくらいでいいんじゃねーの? 多くねぇ?」
『そう、かな?』
うんしょうんしょとチョコを刻む手を休め、ふいー、とレンが息を吐いた。意外と力仕事みてーだ。パティシエに男が多いっつーのも納得できる。
「刻んでからどうすんの?」
『刻、んだチョコ、は、湯煎で溶かします』
湯煎っつーと化学実験を思い出すけど、チョコの湯煎はちょっとコツがいるらしい。熱湯の中にフラスコをどっぷり浸けるみてーにはできねぇようだ。
『温度は大体、50度くらいがいい、です、ねー』
のんびりとした解説を続けながら、レンが銀色のボウルにポットの湯をドプドプ注ぐ。刻んだチョコを入れるのは、湯の方より一回り大きいボウルだ。小の上に大を重ねることによって、チョコに水蒸気が混じらねぇんだとか。
『これが大事です、よー』
もっともらしいことを言いながら、スプーンでぐるぐるかき混ぜてチョコを溶かしてくレン。
匂いも何も伝わんねーけど、レンの嬉しそうに緩んだ顔見ると和む。
「水蒸気入ったら、どうなんの?」
『どう、だっけ?』
って、イマイチ解説になってねーのが残念だけど、それもまたレンらしい。まあ、プロはプロでも野球選手であって料理のプロじゃねーんだから、こんなもんだよなと思う。
やがてチョコは無事に全部溶け切ったらしい。
『上手に溶け、まし、た』
混ぜる手を止めたレンがにへっと笑って、そのスプーンをぱくっと咥えた。
『ん、ふ、普通サイズのと、同じ味、だ』
こくこくうなずくレンに、すかさず「当たり前だろ」とツッコミを入れる。
料理番組ごっこはまだまだ続くらしい。オレのツッコミをスルーして、レンがドライマンゴーを取り出した。あらかじめ一口サイズに切られてた、黄色いドライフルーツが溶かしたチョコに浸される。
レンが言うには丸ごとどっぷり浸けるんじゃなくて、一部残しておくのがポイントらしい。
『チョコを浸け、たら、乾かしておき、ます』
これも100均で買ったらしい、薄いクッキングシートの上に1つ2つとチョコがけのマンゴーが並べられる。
ドライマンゴーにチョコをまとわせただけだっつーのに、並んでるの見せられると美味そうに見えるから不思議だ。
ホテルに備え付けの狭いテーブル、壁際の照明。料理番組みてーにカメラが切り替わったりしねーし、ぶっちゃけ何やってるかよく見えねーけど、料理が見てぇ訳じゃねーから、これでイイ。
何よりこんな面倒なこと、レンがオレのためにって始めてくれたのが嬉しい。
どこにも配信されねぇ、オレだけが視聴できるオレだけの料理中継。遠隔で、オレの手元にチョコはねーけど、すげー贅沢なバレンタインだ。
ドライマンゴーの次はドライアップル、その次はドライオレンジ、ついでに干し芋にまで、レンがチョコを付けていく。
なんで干し芋かっていうと、100均のレジ前に置いてあったからだって。
『ジャーキーと、迷った』
「ジャーキーにチョコはねーだろ」
オレのツッコミに、レンが『うへ』って声を立てて笑う。
他愛のねぇ会話、穏やかな声。東京と宮崎と、こんなに距離が離れてるっつーのに、こうして会話しながら顔が見れんのは貴重だ。今側にいなくても、繋がってるって実感できる。
「『あーん』は?」
画面越しにねだると、『はい、どーぞ』って最初のドライマンゴーをカメラに向かって差し出してくれた。
けど、それに食いつく真似をする前に、ぱくりとレンの口に放られる。
「おい、こら」
オレの文句をスルーして、レンがもごもごとマンゴーチョコを咀嚼する。『うむ、うむ』って嬉しそうにうなずいてるけど、「うむ、うむ」じゃねーっつの。
「お前が食ってどうすんだよ」
そんなツッコミに、ふへへと笑みを漏らすレン。
『じゃあ、アップルも、どーぞ』
って、ドライアップルの方もカメラに近付けてはくれるけど、それもすぐにレンの口へと消え去った。
嬉しそうに咀嚼する様子が、憎たらしいけど可愛い。ちらりとこっちに向けられる流し目や、ぺろりと舐められる唇が艶っぽくて罪深い。
美味そうなのに食えねーっつーのは、思った以上にもどかしいモンなんだな。
ガッと手ぇ伸ばしてチョコを奪い取ることも、抱き締めて唇を奪うことも、画面越しじゃ叶わねぇ。見えるから余計に食えねぇのが悔しくて、「はああー」と無気力なため息が漏れる。
春キャンプが終わるまで、後1週間。
『お、土産、マンゴーにする? それとも、干し芋?』
そう言ってくれんのは嬉しいけど、なんでその二択なのかが分かんねぇ。っつーか、100均一の干し芋を土産にすんのはやめろ。
取り敢えず、帰ったら覚えてろよと思った。ホワイトデーは3倍返しだ。
(終)
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