Season企画小説
今、側にいなくても・中編
料理番組見たぜ、ってレンにメールを送ると、夕方に電話がかかって来た。
『放、送、今日だったんだ、ね』
機嫌よさそうな声でそう言うレンは、どうやらちゃんと放送予定日を把握してなかったらしい。撮ったら撮りっぱなしか? いや、撮影スケジュールさえ頭に入ってんなら、いいんだろうか。
「そっちで見た?」
『こっちでは、放映されて、ない』
「へえ」
じゃあ関東ローカルの番組だったんだろうか? それとも放送権とかの関係か? 元々野球中継くらいしか見ねーから、オレの方も宮崎のTV事情なんかは分かんねぇ。
ネットでも番組情報は見れるってことを教えて貰って、さっそく電話しながらパソコンを立ち上げ公式サイトをチェックする。
残念ながら動画そのものは見れなかったけど、レシピと何枚かの写真だけは確認できた。
レンが1人で写ってんのと、料理家のオバサンと並んで写ってんのと、あとは料理中の写真が何枚か。カメラ目線の写真はにこにこの笑顔で、見ててこっちも楽しくなる。そんでやっぱ、エプロンが似合う。
「料理番組って、新鮮でいーな」
オレの誉め言葉にレンが『そお?』って電話の向こうで笑う。
「練習、どうよ?」
とか。
『ご飯、ちゃんと食べ、てる、の?』
とか。側にいなくても恋人らしい穏やかな会話は交わせてて、ちょっと幸せな気分になれる。
「今日、バレンタインって知ってたか?」
って、そんな質問もすんなりできた。どうせファンからいっぱいチョコ貰ったんだろうと思ってたけど、その通りみてーだ。
『チョコ、色々貰った、よー』
そんな呑気な報告を聞きつつ「オレには?」って尋ねると、『お、すそ分け?』って訊き返される。
ファンから貰ったチョコのおすそ分けとかいらねぇっつの。いや、くれるっつーなら貰うけど、欲しいのはソレじゃねぇ。
「違ぇよ、お前からのだよ!」
すかさずツッコミを入れると、うへへと笑って誤魔化された。どうやら、今日に合わせて送ってくれるとか、そんなサービスはねぇようだ。
まあ毎年こんな感じだし、去年も一昨年もくれなかったんだから、今年も当然ねぇだろう。
別に期待してなかったからいいけど、ちょっと空しい。
『じゃ、じゃあ、今から1個あげる、ね』
そんな言葉と共に、紙包装を破くような音がケータイからバリバリ響いた。
『ふお、これ、高級チョコ、だよ。はい、あーん』
耳元に響く甘い声に、ふっと頬が緩む。可愛い。けど、「あーん」って言われたって今、目の前にレンはいねーしチョコもねぇ。
カリッといい音が電話越しに聞こえて、コノヤロウと思った。
『ん、濃厚』
「コラ、せめて映像で見せろ」
オレの文句に返事はなく、代わりに「うむ、うむ」って感嘆の声とカリコリ乾いた音が届く。チョコの画像もなけりゃニオイだってねーのに、食ってる音が生々しくて罪深い。
『映像? いる?』
こてんと首をかしげてる姿が目に浮かぶようなのも、魅力的で罪深い。
「『あーん』付きでな」
半ば本気で答えると、うひひと静かな笑い声が聞こえる。
レンが「あ、そう、だ」って声を上げたのは、それからしばらく後だった。何やら思いついたみてーだが、何かは分かんねぇ。
『今夜、暇? 家、いる?』
「おー、いるけど」
恋人も側にいねーし、日曜だし、明日は普通に仕事だし、夜の予定なんか皆無だ。まあ、風呂くらいには入るだろうけど、レンと一緒じゃねーならそう長風呂でもねぇ。
『じゃあ、えっと、9時半に連絡、する、ね。そっちのパソコン、ウェブ会議できたよ、ね?』
「できるけど何? ウェブ会議でもやってくれんの?」
会議って程の議題なんか特にねーけど、顔が見れんのは歓迎だ。
耳元で恋人の声を聞く、こういう電話も勿論いいけど、顔を見られんのはもっとイイ。
何を見せてくれんのか、それともただ単に顔を見て話すだけなのかは分かんねーけど、夜になるのが楽しみだと思った。
晩メシは普通に、レトルトカレーとサラダで済ませた。あらかじめサラダ用にミックスになってる野菜があるから、器に盛りつけてドレッシングぶっかけりゃ完成だ。
レンがいりゃゆで卵とかトマトなんかを入れてやろうって気にもなるけど、オレ1人ならこんなモンで十分だった。
簡単な晩メシを終え、さくっと手早く風呂を済ませて、缶ビールを1本片手にパソコンを立ち上げてレンからの連絡を待つ。
やがて約束の9時半に近付いた頃、レンからURL付きのメールが届いた。
――開催中のミーティングに参加してください――
――Webミーティングに招待されました――
そんな規定文っぽい案内の後、ミーティングに参加するためのURLが貼られてる。多分、このままタップすりゃケータイで参加できるんだろうけど、どうせならデカい画面で見てーし。手早くURLを打ち込んで、パソコンの方でアクセスした。
そうして参加した、レン主宰のウェブ会議。画面の向こうには泊ってるホテルの個室らしい部屋をバックに、黒無地のエプロンを着けたレンが映ってて。
『ばっ、バレンタイン、クッキング。今日のデザート、の時間、です』
ビミョーにドモリながらそう言って、レンが照れ顔でうひっと笑った。
(続く)
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