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Season企画小説
今、側にいなくても・前編 (プロ選手三橋・2021バレンタインデー)
 丁度バレンタインデーと重なった日曜の午後。
 だらだらと遅寝を決め込み、何の予定もねぇ怠惰な終末を過ごしながらTVを点けると、画面の向こうに恋人が現れたんでビックリした。
『今日の献立、は、キノコと白身魚のポワレ、ですっ』
 空色のエプロンを着けたレンが、カメラ目線でとつとつと告げてにこっと笑う。
「は!?」
 身を乗り出すと同時にCMに切り替わり、レンの姿は消えちまったけど、オレがアイツを見間違えるとは思えねぇ。
 反射的にブルーレイデッキのリモコンを掴み上げ、録画ボタンをぽちっと押した。どこのチャンネルかなんて確かめる余裕もねぇ。1つ、2つとCMを見せられ、その後軽快な音楽と共にクッキング番組が始まる。
 クッキング? と不思議に思う間もなくオープニングが終わって、画面に再び恋人の姿が映された。

『オーフリ日曜クッキング、今日の献立の時間です。今週のゲストはプロ野球、埼玉リオネスの三橋廉投手においでいただいております』
 レンの隣に立つ小柄なオバサンが、レンを短く紹介する。
 料理メインの番組だからか、レンの挨拶は『よろしくお願い、します』って一言だ。白い顔がほんのり赤くなってて、緊張してんのが分かる。エプロン姿が初々しくて、画面越しにも微笑ましい。
 いつ撮った映像だろう? いつっつってもオフの時期には違いねーから、先月か先々月か、その辺だろうか。
 オフシーズンには毎年色んな撮影やらイベントやらに呼ばれることも多いから、TV越しにレンを見んのはそう珍しいことでもねーけど、料理番組は初めてじゃねーか?
 本人は今、宮崎キャンプの真っ最中だっつーのに。TVの向こうでにこにこのんびり料理作ってるってのも、変な感じだ。
 今頃アイツも、宮崎のホテルかグラウンドかで、この番組を見てたりするんだろうか? いやこんな時間だし、まだまだ練習中だろうか。
 ……ファンに囲まれて、チョコ貰ったりしてんのかな?
 そんなことをぼうっと考えてる間にも、映像はさくっと切り替わってレシピ紹介画面に移る。

 作業台にずらっと並べられた材料を、1つ1つ口早に紹介してくのは小柄なオバサン料理家だ。
『白身魚、今日はタラを用意しております。しめじとマッシュルーム、エリンギ、キノコはお好みのもので良いでしょう。スナップえんどう、キャベツで彩りよく。ジャガイモは下茹でをしておきます……』
 小さな銀のボウルに入れられた各材料に触れつつ、材料を説明していくオバサン。
 白ワインとか顆粒のコンソメなんかもボウルに入れたものを紹介すんのは、メーカーや銘柄を前面に出さねぇためなんだろうか?
『白身魚には、軽く塩コショウをしておきましょう』
『はい』
 オバサンに促されるように、レンが白身魚にコショウを落とす。ペッパーミルっつーんだっけ、容器をくりくり回してコショウを落としてく仕草が、ちょっと可愛い。
 レンが使うと思うと、うちにも欲しくなって来んのが不思議だ。
 画面にはレンの手元と空色のエプロンの腹の辺りしか映ってねーけど、そんな映像も珍しくて微笑ましいと思った。

『キャベツは1口大にざく切りにしていきましょう』
『はい』
 オバサンに返事をしつつ、包丁で手早くキャベツを刻むレン。一瞬全体像が映り、そこからぐっと手元のアップにズームが寄って、確かにレンの作業だと分かる。
 一緒に住んでる恋人だから、レンがなかなか料理上手だってのは知ってるけど、その他大勢の視聴者は、きっとビックリしてるに違いねぇ。
『なかなかお上手ですね』
 料理家のオバサンが、穏やかな口調でレンの包丁さばきを誉める。
『お料理はよくされるんですか?』
『そう、ですね、オフの日、とか』
 とつとつと答えつつ、テキパキと料理を進めるレン。キャベツやキノコを刻んだ後は、オリーブオイルを垂らしたフライパンでニンニクのカケラを炒めてく。

 ジュウジュウと立つ音が生々しくて、料理番組っつーのはなかなか罪深い。画面越しに匂いまで漂って来そうな臨場感。
 普段ボールばっか触ってそうな、レンのタコだらけの無骨な指がどアップになってんのが実にエロい。
 プロの投手らしいその指が、野菜に魚に優しく触れる。そんな当たり前のシーンも生々しくて、マジ罪深いなと思った。
 キャベツやジャガイモを炒めた後は、さっきレンが塩コショウを振りかけた白身魚の投入だ。
 切り身が2つってことは、2人分で作ってるってことなんだろうか? レシピに書かれてたかも知れねーけど、レンに気を取られて、何人前かなんか見てなかった。
 白身魚の間にレンの指が、キノコ類をぎっしり詰め込む。
『ポワレとは、フライパンで焼く料理のことですね。具材に粉を振ると、ポワレではなくムニエルになります……』
 料理家のオバサンが淡々とした声で解説しながら、フライパンの上に調味料を振りかける。

 フタをして数分煮込むとか、仕上げにバターを入れて馴染ませるとか。淡々と解説されると簡単そうには見えるけど、ちょっとした手間が大事なんだと思わせる。
『こ、れ、お肉でも作れます、か?』
 作りながらのレンの質問に、『作れますよ』とオバサンが答える。
『ポワレは本来、肉料理によく使われておりましたね。今ではこちらのように、魚料理でも一般的になりました』
『へええ』
 オバサンの語るウンチクに目を輝かせてうなずくレン。
 手元に寄ってたカメラの映像が切り替わり、レンとオバサンとが並んだ全体図が映し出される。
 プロ野球選手としては小柄な方なレンだけど、料理家の小柄なオバサンの横に立ってるトコ見ると、結構立派な体格に見える。
 高校時代に比べると、随分背が高くなった。体の厚みも少しずつ増して、しなやかで上質の筋肉がついてる。

 ああ、プロなんだなぁと思った。長年の努力が目に見えて分かる感じだ。
 1流の身体に仕上がった恋人の姿が誇らしい。本職の野球中継じゃなくて料理番組で、こんな実感すんのはおかしいことかも知れねぇけど。

(続く)

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あきゅろす。
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