Season企画小説
火炎の鳥・1 (1周年記念・加筆Ver.)
超現実主義の阿部君が、ファンタジーなんて読むとは思わなかった。
夏休みの宿題の、読書感想文。課題図書だけじゃなくて、好きな本を選んでOKっていうんだから、評論文とかそういうの選んで、パラパラ読んで、的確で鋭い感想をさっさと書いて、終わりにするって思ってた。
でも阿部君は、何やら訳の分からないファンタジー小説を読んで、熱心に感想を書いていた。
オレならこうする、とか。オレならそんな風にしない、とか。こういう考えは納得できない、とか……。
オレはもう、浜ちゃんおすすめの薄い本で、適当に感想を書いておしまいにしたから、阿部君がどんな本を読んでるのか、特に気にはならなかった。
そしたら、阿部君が言ったんだ。
「これ、廉って名の少年が出て来るんだぜ」
って。
へえって思ったけど、別に珍しい名前じゃない。だけど、阿部君が読んで欲しそうにしてたから、ちょっと読むだけ読んでみた。
そしたら、さっそく1行目でつまづいちゃった。
迦陵頻伽って……なんて読むんだ?
◇◇◇
国の至宝・迦陵頻伽が歌わなくなった。
昼近くになるまで、寝台の上でぐったりと過ごし、起きた後は窓際に座って、ただぼうっと空を眺めているんだそうだ。
原因は、誰も口にしなかったけど、きっと誰もが知っていた。
神に仕える身でありながら、男に汚され続けているからだ――このところ、毎晩。
その男はこの国の王で――だから迦陵頻伽は拒みきれなかったし、その王ってのはオレのことだから――同情する資格、オレにはねーんだけどな。
迦陵頻伽ってのは、人名じゃねぇ。榛名山の神殿に仕える、1位の歌巫人の称号だ。
歌をもって神を鎮め、歌をもって豊作を願う。特に優れた迦陵頻伽は、神の声すら聞くという。
誰でもなれるって訳じゃねぇ。
歌がうまけりゃいいって訳でもねぇ。
声も姿も良く、かつ素質のある子供が、国中から榛名山に集められ、幼い内から禊ぎと訓練を受けるんだそうだ。
そしてその中からたった1人、「迦陵頻伽」の称号を許される。
当代の迦陵頻伽は、廉と言う名の、少年だった。
その少年を……オレが汚した。
いやオレだって、もし、死に物狂いで抵抗されたりすりゃ、幾ら我を忘れてても、理性を取り戻したと思うんだ。
けど、あいつは……迦陵頻伽は。抵抗しなかった。素直にオレに従った。
抵抗し始めたのは、その聖なる体を、欲望のまま貫いた後だった。
きっと、何も知らなかったんだろう。
迦陵頻伽の称号を頂くため、ガキの頃から、ひたすら訓練と禊ぎに明け暮れて……、きっと、そういう知識を与えられなかったんだろう。
……神に仕える身には、必要のねぇ行為だから。
初めて会ったのは、親父の死の間際だった。
迦陵頻伽は下位の歌巫人達を伴って、親父の病床に寄り添い、ずっと癒やしの歌を歌っていた。
一瞬、親父をうらやんだ。
オレが死ぬ時も、こうしてこいつに――この迦陵頻伽に、静かに添って欲しいと思った。
親父の葬式でも、そいつは歌った。
魂を神の元に送る歌を、おごそかに。
美しく透明な歌声は、大気に溶けて風になり、死者の魂に寄り添って、人々の心を震わせた。
オレは、それを聴いて泣いた。
民も泣いていた。
嘘でも演技でもねぇ、自然とあふれる涙を、迦陵頻伽は引き出したんだ。
歌の力はスゲェ。
その力を自在に操る迦陵頻伽は、もっとスゲェ。
更にスゲェと思ったのは、天賦の才じゃねぇってことだ。才能も勿論必要だけど……迦陵頻伽・廉は、その100倍の努力をずっと重ねて来たらしい。
血を吐く程の努力。
迦陵頻伽になるための努力じゃなくて――より良い歌を歌うための努力。情熱。
歌うのが好きだっていう思い。
その全部に、多分、惹かれた。
次に迦陵頻伽の歌を聴いたのは、オレの即位式の式典だった。
葬式の時の、美しく悲しい歌とは正反対の、明るい歌を、明るい声で。迦陵頻伽は高らかに歌った。
オレの即位を、心から祝ってくれてると思った。そして、そう思ったら、確かめたくなった。
「興奮して眠れねぇ。寝付けるまで、側で歌って貰えねぇか?」
即位式の夜、オレはそう言って、迦陵頻伽を寝室に呼んだ。
普通、そんな眠れねぇ夜には、そう言って女を呼ぶものだ。呼ばれた女は歌を歌う。ベッドの中で、悦楽の歌を。
けど迦陵頻伽は歌うのが仕事で―― 、新しい王のために、ホントに歌を歌いに来た。静かで優しい夜の歌を。
「御即位、おめでとう、ござい、ます」
初めて間近で口をきいた迦陵頻伽は、視線の定まらない、ドモリがちな少年だった。
歌ってる時は、あんな堂々としてんのに、あまりに雰囲気が違うんで、びっくりした。
びっくりしたけど……イヤな感じはしなかった。
迦陵頻伽は正装だった。仕事のつもりだったんだから当然だ。
寝酒にワインを勧めたら、「仕事中です、から」と断った。
その時、こいつはホントに歌を歌いに来ただけなんだって、分かった。伽を務めるとか、そういうつもりはまるでねぇんだって。
それもそうかと思い直した。だって、迦陵頻伽は一応「巫人」だし……例え、それが形式だけだと聞いてても、中には純潔を守るヤツもいるかも知んねぇ。
だから、ちっと残念だけど、1曲歌わせて帰すつもりだった。
なのに……そういうことになったのは。歌を褒めた時、迦陵頻伽が笑ったから。
「光栄です」
って、笑って……そして。
「ハルナさんも、いつも褒めてくれ、ます」
って、頬を赤く染めたから。
目の前がカッと赤くなった。頭に血が上って、気付いたら手を伸ばしてた。
男が女かも分からねぇ、『ハルナさん』に嫉妬した。
他のヤツの名前をそんな風に、顔を赤らめて呼ぶのが許せなかった。
「お前、ハルナさんってヤツのことが好きなのか?」
オレがそう訊くと、迦陵頻伽ははにかんだ。
「そんな、好き、とか、恐れ多い、です」
そりゃあ、好きって言ってんのと同じだと思った。
どうしようもなくムカついた。
誰のモノにもならないんなら、諦めようがあったけど……そんな、頬を染めて想う相手がいるんなら。手に入れるのに、遠慮なんて必要ねぇ。
迦陵頻伽の細い手首を、グッと強く握り締めて。ベッドの上に引きずり込み、オレはその耳に囁いた。
「そいつを悦ばせる方法、オレが教えてやるよ」
何も知らねぇ迦陵頻伽は、オレに言われるまま肌を許し、脚を開いた。
貫かれる瞬間まで、従順だった。
(続く)
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