Season企画小説 火炎の鳥・4 (完結) 婚約者の姫が城に来てから、迦陵頻伽は毎晩悲しい歌を歌った。 普段より大事にしたし、毎晩抱き締めて、愛して、愛を囁いて眠ったが、迦陵頻伽は少しずつ少しずつ痩せて行った。 食べなくなった。眠らなくなった。それでいて、歌うようになった。 オレの方は、何とか婚約を解消できねーかと交渉したけど、どうにもうまくいかなかった。 春には結婚することが決まった。 いや、でも、絶対抱く気はねーし。初夜の晩にだって、この腕に抱くのは迦陵頻伽だ。この先もずっとそうだ。 そう宣言してんのに、それでも婚姻を結びたいってんだから、ホントに政治的駆け引きでしかねーんだろう。 結婚の式典には、国の1位の歌巫人である、迦陵頻伽が祝福の歌を歌わなきゃならねぇ。 祝福どころか、茶番でしかねーのに。 迦陵頻伽も、そんな仕事はイヤだろう。それとも……仕事と割り切って、歌うだけならするだろうか? それとも、まさかとは思うけど、周辺諸国の来賓の前で、祝福の代わりに嘆きの歌を歌ったりは……いや、まさかな。まさか、心根の清らかな迦陵頻伽が、そんな真似するハズがねぇ。 そんな下らねぇ邪推より……日に日に痩せていく、最愛の少年の方が心配だ。 「お前だけを愛してる」 「お前だけだ」 「好きだ」 「愛してる」 「笑ってくれ」 「ずっと側にいてくれ」 オレは何度もそう告げて、抱き締めて、愛を伝えた。 結婚式の前の晩も、オレは迦陵頻伽を胸に抱き、永遠の愛を彼に伝えた。 そして、亡き母の指輪を、細い指にハメてやった。 迦陵頻伽は小さくうなずいて、泣いて、だけど、何でかこう言った。 「ご、めんな、さい」 何が「ごめん」なのか、分からなかった。 オレから離れられなくてごめんなさい、なのか。 力になれなくてごめんなさい、なのか。 心から祝福の歌が歌えなくてごめんなさい、なのか。 メーワクかけてごめんなさい、なのか。 分かんなかったけど、「謝んな」と伝えた。 キスして、深く愛して、全部を愛して、愛を伝えて。 「お前の思う通りにすりゃあいい」 って。 例え……式典で、怨嗟の歌を歌われて、式を台無しにされたとしても。 それで戦争が起こっても。 迦陵頻伽が側にいてくれるなら、もう、それだけでいいと思ってた。 式の朝。オレは横で眠る迦陵頻伽にキスをして、寝室を後にした。 結婚式は、榛名山の神殿でやる。どうせ一緒に神殿に行くなら、あっちで一緒に泊まろうと言ったが、何でか迦陵頻伽はイヤがった。 仲間の前で、恥ずかしいんだろうか? とにかく、イヤがることはしたくなかったから、朝に忙しくはなるけど、城で朝を迎えた。 家臣どもに任せっ切りでも、やっぱ色々やることは多いようで、追い立てられるように支度した。 迦陵頻伽も、多分……よく知らねーけど、禊とかあるんだろうし、式の後は宴会だし。初夜は勿論、無視して迦陵頻伽の元で寝るつもりだったけど、もしかしたらそういう時刻まで、2人切りにはなれねぇのかも知れなかった。 オレだって愉快な式じゃなかったんだから、結婚式の間、迦陵頻伽の姿を見なくても、別に不思議には思わなかった。 あいつの仲間の歌巫人達や、榛名山からの使者達の中に、あいつがいなくても変じゃなかった。 だって、泊まるのをイヤがったくらいだし。 恥ずかしくて、居たたまれねーんだろうと思ってた。 だから、気付かなかった。 バカバカしくも下らない式典は、うわの空のオレを置いて粛々と進み、ようやく、迦陵頻伽の祝福の歌で終わりになった。 国の至宝と呼ばれる、歌巫人――その、1位の者。 容姿も声も良くて、素質ある大勢の者達の中で、「迦陵頻伽」の称号を得られるのはたった一人。 その美しい歌声はどこまでも透明で、大気に解け、風に乗り、人々の心を震わせる。 特に優れた迦陵頻伽は、神の声も聞くという。 当代の迦陵頻伽は――。 迦陵頻伽、は。 下位の歌巫人達を伴って、白地に赤と金の鳥をあしらった、豪華な正装で現れた迦陵頻伽は、高く透明な歌声で、見事に、祝福の歌を歌いあげた。 隣に座る王妃は喜び、民は手を叩いて誉めそやし、王の結婚と迦陵頻伽の健在をたたえ合った。 オレは、呆然とそれを見てた。 訳が分からなかった。 だって、式の最後に現れて、見事に歌った迦陵頻伽は――オレの最愛の少年じゃなかったんだ。 とっくの昔に代替わりをしてた。 オレはそれを知らなかった。 オレの即位式の直後に、オレの愛する迦陵頻伽は迦陵頻伽じゃなくなってた。 オレが汚したせいで。 あの日のあの夜、その資格を失ってた。 ただの「廉」になっていた。 神の声を聞いたという。 神と親しく言葉を交わし、「榛名さん」と呼んで慕ったらしい。 歌うのが何より好きで、メシより寝るより歌うのが好きで。より良い歌を歌う為に、人の100倍もの努力して、そうして上り詰めた少年だった。 神に大事にされていた。 神に愛されていた。 資格を失い、巫人からただの「廉」に落とされて、それでもし、親しく通じた神の声を聞けなくなったなら……「ハルナさん」と話ができなくなったなら。それは、どれだけの絶望なんだろう。 『廉の翼をもいだ王』 ハルナは、そうオレを呼ばなかったか。 迦陵頻伽の翼を、オレは、下らねぇ嫉妬と劣情のために、無残にもいでしまったのか。 そんな真似をされていながら、あいつは、ハルナよりオレを選んでくれたのか。独り占めできない神より、自分だけを愛すると囁いた王を。 なのに、今日。その王も――自分だけのモノじゃなくなったと――そう思ったとしたら。その絶望は。 絶望、は。 あいつに――廉に、今すぐ会わねーと。 何でか、そう思った。 来賓への御礼も挨拶もすっぽかして、オレは、周りの止めるのも聞かず、馬を駆って王城へ急いだ。 廉はまだ、あの王の寝室にいると、何でかそう思った。 泣いてると。 泣かせたかった訳じゃねぇ。 強く惹かれた。 手に入れたかった。 オレだけのために、歌を歌って欲しかった。 謝らないで欲しかった。 山を降りた時点で、黒い煙がはっきりと見えた。 火事だ。 王城が燃えてる。 ハルナの言葉を思い出す。 『最期に廉が歌う歌が、もし嘆きの歌ならば』 『お前の国は火炎に包まれ、終焉を迎える事になるだろう』 「ダメだ!」 最期になんかさせねぇ。 嘆きの歌なんか歌わせねぇ。 「廉!」 あの時、ハルナよりオレを選んだように。どうか今も、死よりオレを選んでくれ! 愛してるから。 お前だけだから。 例え隣に王妃がいても、腕に抱くのはお前だけだと誓うから。 廉……! 必死で馬を駆ったけど、何もかも間に合わなかった。 オレ達の寝室から出た炎は、勢いを衰えねーで、城の3階の殆どを焦がした。 オレは兵や家臣に邪魔され、羽交い絞めにされて、中庭から先に近付くこともできなかった。 オレがじたばたと暴れる頭上で、寝室の窓ガラスがパンと割れた。 歌が聞こえた。 いつか聞いた、透明な歌声が。 どこまでも高く、美しく、悲しい歌声で、廉は、静かに愛の歌を歌ってた。 割れた窓から、人影が覗いた。 廉がやっぱり中にいた。炎の中に。 オレの方を見て、笑った。多分笑った。 燃えていた。歌ってた。 「飛び降りろ!」 オレは叫んだ。 羽交い絞めにする腕も、押さえつける腕も、無我夢中で振り払って。 廉の元に駆けつけたくて。そして、抱き締めたくて。 愛してると――お前だけだと、今度こそ本当に分かるまで、伝えたくて。 だけど。 歌声が、ふいにやんだ。 窓からの人影は、見えなくなっていた。 「廉……なんで、廉……?」 『レン!』 オレの叫び声に、誰かの声が重なった気がした。 山から聞こえたのか、空から聞こえたのか、分からなかったけど、そんなこと考えたのは一瞬だった。 ボン、と音を立てて、寝室の屋根が吹き飛んだ。瓦礫がまき散らされ、こっちの方まで細かな破片が飛んで来た。 突然のことに、オレを押さえつける力が緩んだ。 屋根が吹き飛んだ部分から、勢いを増した炎が、高く大きく吹き上がった。 と、その時だった。 レ――――ン、とも。 ラ――――、とも。 キャ――――、とも聞こえるような叫び声が、空中に響き渡った。 鳥の声? そう思った瞬間、城を包む炎の中から、朱金に輝く大きな鳥が飛び立った。 朱金の火の粉をまき散らし、その鳥は、城の上空を大きく旋回した。 歌っていた。 どこまでも高く、透き通った声で。 祝福の歌を歌ってた。 「やめてくれ」 「行くな」 オレの声に応じるように、炎の鳥がこっちを向いた。その左の脚の爪に、母の指輪が見えた気がした。 けど……それも、一瞬で。 鳥は高らかに歌いながら、城の上、城下の上、国の上の空をゆっくりと廻った。 「おお、鳳凰だ」 「瑞祥だ」 「祝福の鳥だ」 皆が、口々にそう言うのが聞こえた。 「なんとめでたい」 「この国は安泰だ」 安泰だ、なんて……んなハズねーのに。 祝福の歌が、国中を包む。 皆が喜んでるその中で、オレ1人だけが嘆き、ヒザを突いた。 もう2度とあの鳥は、オレだけのために歌わねぇ。 オレの腕の中で、甘い声で喘がねぇ。 オレにもがれた翼を、取り戻して。 廉は遥か遠いところ、ハルナの元に飛び立った。 それは、上だったのか、西だったのか、山の向こうだったのか分からねぇ。 オレは泣き崩れて、その行方を見守ることもできなかった。 祝福なんか欲しくなかった。 国のためになんて歌わなくて良かった。 ただ、オレの側にいて……オレのために、笑っていて欲しかった。 (完) ※1周年を記念し、皆様へのささやかな御礼としまして、期間限定フリーテキストとさせて頂きました。配布は終了しました。貰って下さった皆様、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。 [*前へ][次へ#] [戻る] |