[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
火炎の鳥・3
 それ以来、迦陵頻伽は以前のように笑うようになった。
 ただ、オレの前で歌ってはくれなかった。
 それでもよかった。
 惹かれたのは、あの透明な歌声だったけど……例え歌ってくれなくても、笑ってくれるだけで十分だった。
 ドモリがちだったけど、話もしてくれたし、抱き締めれば、抱き返してくれた。
 貫いて揺さぶれば、甘い声で啼くようになった。
 好きだった。大事にした。お前だけだって、何度も伝えた。

 ある日、訊いてみた。深く愛し合った後の、まどろみの中で。
「ハルナと行かなくてよかったんか?」
 くったりとオレの胸に縋ってた迦陵頻伽は、少し頭を起こしてオレを見た。
「ハルナさんは、皆のハルナさん、だ、から、会いに来て下さった、のも、恐れ多い、です」
「なんだ、それ?」

 皆のハルナさん……って、どういうヤツなんだ? 愛人や側室が山ほどいるってことか?
 そう訊くと、迦陵頻伽はふひっと笑って、「そんなお方じゃない、です」って言った。
「独り占めできねぇあいつより、オレの方がいいって?」
 意地悪くそう訊いてやると、迦陵頻伽はちょっと頬を赤らめてうつむいた。
「そういう訳、じゃ……」
 拗ねたように言うのが可愛くて、強く抱き締めてキスをする。
 応じるように開けられた唇に、舌をねじ込ませて甘い口内をむさぼり、ねをあげるまで可愛がる。

「オレはお前だけだ」
 長いキスの後、オレは迦陵頻伽の細い体を抱き締め、囁いて口接けた。
「この先何があろうと、愛するのはお前だけ。お前ひとりだけだ」
 そう言うと……迦陵頻伽は嬉しそうに笑って、「は、い」とうなずき、オレの胸に抱き付いた。


 ずっと、こんな穏やかな日々が続くんだろうと思ってた。
 神殿の方からも、迦陵頻伽を返せとは言って来なかったし、あいつもオレの元を離れようとはしなかった。
 オレ達の仲のいい様子は、「比翼の鳥のような」って噂され、国内外に広まった。
 オレの最愛の恋人を、いろんなヤツが一目見たいと申し出た。けど、オレは全部断ってた。
 だって、迦陵頻伽は国の至宝で、オレの宝だ。見世物にする珍鳥じゃねーし、誰に狙われるか分からねぇ。
 盗みを警戒するよりも……危害を警戒しなくちゃなんねぇ。迦陵頻伽の存在を、嬉しく思わねーヤツもいるからな。
 例えば――オレの婚約者とか。

 けど、どんな有力な使者でも、刺客でも、王の寝室には侵入できねーだろう。ハルナは……妙な力を持ってたし、迦陵頻伽の味方だから、まあ数には入れないとして。
 一般の人間の話としては、王の寝室って場所は、迦陵頻伽の安全のために、一番適した場所のつもりだった。
 殆ど会ったことなかったから、知らなかったんだ。親同士の決めた、婚約者の性格を。


 年が明け、親父の喪が明ける頃――婚約者の姫が、沢山の調度や侍女を伴って、オレの城を訪れた。いや、乗り込んで来た。
 新年のご挨拶、の予定だったと聞いてたが、輿入れかってくらいの準備で驚いた。
 姫より先に、同行の大臣が挨拶に来て、姫の父王からの親書をオレに渡した。そこには、このまま佳き日に結婚を、と書かれてた。
 即位を済ませた成人の王が、婚約者もいるのに、いつまでも独身なのはおかしいと言いたいらしい。
 結婚する気なんてなかったが、国同士の取り決めを反故にするには、ちゃんとした理由が必要で――どうにも免れそうにねぇ。
 10年くらい後でも良かったのに。こんなに早くに言って来るとは予想外だった。もしかしたら、迦陵頻伽の噂が、先方にも届いていたのかも知れなかった。

 姫は当然の権利として、「王妃の部屋」を要求したけど、その部屋は後宮にあったし、後宮は今、無人だったから、別に咎め立てはしなかった。
 迦陵頻伽のいる王の寝室は後宮にねぇし、ニアミスなんてのも、特に警戒しちゃいなかった。
 元々、お互い愛のねぇ間柄だ。
 今までに3回会ったか会わねーかくらいの結婚相手に、恋人がいようが愛妾がいようが、気にしねーだろうと思ってた。
 少なくとも、オレは気にしねぇ。
 愛されてーなら、愛人でも恋人でも、いくらでも勝手に作ればいいだろと思ってた。

 けど、違ってた。
 女の考えることは、マジ、ワケワカンネー。

 オレに挨拶するより先に、婚約者の姫は、迦陵頻伽の元に押しかけたんだ。
 謁見の間の玉座にオレを待たせて。父王からの親書を、大臣から受け取って読んでる隙に。

「あら、ご挨拶しただけですわ」
 姫は悪びれもしねーで、そう言った。
 心底、イヤな女だと思った。
 こんな女、例え義務でも抱きたくねぇ。何とか婚約解消できねーか、大臣達と閣議するかと真剣に思った。

 どんな嫌味を言われたのか、迦陵頻伽は沈んでた。
 オレの顔を見りゃ笑顔になったけど、珍しく不安げな様子だった。
「愛してんのはお前だけだ。あんな女、いつか追い出してやっから」
 そう言ってやるとうなずいてたけど、不安はなくならねーようだった。
 言って分からねーなら体に教えるしかねーと思って、特に念入りに、特に激しく、白い体を可愛がった。
 迦陵頻伽はいつもより乱れ、いつもよりオレに甘えて、「もっと、もっと」と欲しがった。だからオレは求められるまま、くたくたになるまで、抱いて抱いて揺さぶった。

 その夜、久し振りに迦陵頻伽の歌声を聞いた。
 灯りの消えた王の寝室の、窓際に座って。いつの間にかオレの腕から抜け出して、月を眺めて。
 迦陵頻伽は歌っていた。
 静かで透明な歌声は、夜の冷たい空気に解けて、悲しく美しく響いていた。

『廉を泣かせるな』
 ハルナの夢を見たような気がすんのは、悲しい歌を聴いたせいだろう。
『最期に廉が歌う歌が、もし嘆きの歌なら……』
 そう言われたのが、頭に残ってたからだろう。
 最期って。
 迦陵頻伽はまだ少年だ。線は細いが、健康だし、美味しいものに目がねぇ。
 大体、歌で病魔を祓う歌巫人が、病気になんてなる訳ねーし。最期なんて。そりゃ、60年も70年も先の話になるだろう?
 榛名山の神殿ならともかく、この王城は、穏やかだろう。何不自由ない暮らしは、長寿の秘訣なんじゃねーのか?

 大体ハルナは、何者だったんだ!?
 迦陵頻伽を「オレの小鳥」呼ばわりして。
 あいつより、よっぽどオレの方が、迦陵頻伽を想ってる。よっぽど幸せにしてやれると思う。
 例え、愛の無い妻を迎えても。

(続く)

[*前へ][次へ#]

6/22ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!