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Season企画小説
火炎の鳥・2
 神殿に帰すつもりはさらさらなかったが、何でか迦陵頻伽も、帰りたそうにはしなかった。
 空ばかりぼんやり眺めて過ごしてるけど、空に帰りてぇって訳でもねーだろうし。
 王の寵をイヤがる人間なんて、いるとは思えなかったから、逃げねーのはやっぱ、受け入れてるってことなんだろうと思ってた。

 ベッドでは、ただ人形のように、されるがままだった。
 初めての時にスッゲー暴れて、絶叫したから……2回目以降もそうなんだと思ったら、違ってて拍子抜けした。
 けど、抵抗されねーからいいってもんでもねぇ。
 揺さぶる度に聞く、か細い啼き声じゃなくて、もっと甘い歌声が聴きてぇ。
 笑顔が見てぇ。
 オレを見て、はにかんで笑って、甘い声で愛の歌を歌って欲しかった。

 初めて抱いて以来、迦陵頻伽の声を聞いていなかった。いや、ベッドではか細く啼くが、それ以外で。
 歌うどころか喋りもしねぇ。

「ああっ、いやーっ! ハルナさん! いやぁーっ!」

 そう泣き叫んで、気を失って――。
 朝には、もう、人形みてーになっていた。
 「好きだ」っつっても、「愛してる」つっても、オレの方を見もしねぇ。
 ハルナがどうしたっつんだ。
 どうせ片思いなんだろう?
 その証拠に、「迦陵頻伽を返せ」って、誰も言いに来ねーじゃねーか。

 もうこいつは、オレのものだ。
 オレの鳥だ。
 オレのために歌い、笑い、オレのために死ぬ。オレの――王の、最愛の愛人だ。
 オレはそう決めて、迦陵頻伽を王の寝室に閉じ込めた。
 嵐が来ても日照りが来ても、こいつを神殿に返したくなかった。
 国のため、民のためじゃなくて、オレのためにだけ歌えばいい。歌えるハズだと思ってた。


 そんなある日の事だった。
 『ハルナ』と名乗るヤツが、王に会わせろと言って、突然城に押し掛けて来たんだ。
 普通、そんな不敬な真似をするヤツはいねぇ。
 王に面会を求めるには、それなりの手順ってもんがあって、普通はそれを、ゲンミツに守らせる。
 兵士も侍従も、当然止めようとしたらしい。けど、なぜだか止められねぇで……真っ青な顔で、先触れが駆け込んで来た。

「申し上げます! ハルナと名乗る男が、陛下に会わせよと、こちらに向かっております。不思議な力を持っておりまして、剣もヤリも振るうことはできず、皆、床に伏してしまいまして、留めることもできません! ああ、もう、間もなくこちらに!!」

 錯乱したように言い募る侍従を、「落ち着け!」と一喝した時……目の前の扉が開いた。

 錯乱するのも分かる気がした。確かにこいつは、ただ者じゃねぇ。
 オレは王だ。幼い頃から、君主たるべき教育を受け、何者にも屈せず、何者にも頭を下げず、誰よりも前を進み、誰よりも上を見る……そんな風に生きて来た。
 なのに。

 その男を前にして、気が付けば壇上から降り、膝を折っていた。

「廉の翼をもいだ王ってのは、てめーか?」
 ハルナがそう言って、オレを見た。
 普通の声で普通に話してる風なのに、何でか心臓までビリビリ痺れた。
「オレから廉を横取りするとか、いー度胸だな」
 
 キツいくらい、整った顔の男だった。
 目に見えねぇ圧力がかかって、下げたくもねーのに頭が下がる。
 周りの家臣達もきっと同じで、皆、無理矢理頭を押し下げられていた。

 ハルナが、いかにも挑戦的に、ふん、と笑った。
 勝ち誇ったような様子に、ムカついた。
 こんなヤツが好みなのか。そう思った途端、ぐわっと怒りが沸き起こり、オレは、圧力をはねのけて立ち上がった。

 するとハルナは、眉を上げてニヤッと笑った。
「へぇ。少しは骨がありそうじゃねーか」
 面白そうにそう言って、オレに向かって手を伸ばす。
 その瞬間。
「うわっ!?」
 体がふわっと浮いた気がして、ハッと目を剥くと、ハルナに片手で首を掴まれていた。

「ぐっ」
 息が詰まった。
 ハルナはオレの首を掴んだまま、その掴んだ左手を高く上げた。床から足が浮き、喉を締められて、目の前が赤くなる。
 恐ろしく熱い手だった。熱く、大きく、力に満ちていた。
 苦しくて無意識に、ハルナの左手を両手で掴む。その瞬間、ドサッと床に放り投げられた。

「陛下」
「陛下」
 家臣たちが、オレに駆け寄りオレの前に立った。
 ハルナはまた「ふん」と笑ってオレを見下げ、ふと真顔になって、言った。

「いいか、廉を泣かせるな。このオレ様から奪った小鳥を、決して粗略に扱うな。最期に廉が歌う歌が、もし嘆きの歌なら、お前の国は火炎に包まれ、終焉を迎える事になんだろう」

「な……!」
 何だと、テメー……と叫びたかったが、締められた喉が焼けるように熱くて、声にならなかった。
 喉を抑えて睨みつけるオレを、ものともしねーで、ハルナはくるっときびすを返した。
 そのまま帰るのかと思ったら、違ってた。
 誰の案内もねーのに、ハルナはまっすぐ廊下を進み、城の奥、オレの寝室へと向かう。
「待て!」
 叫んでも、勿論ハルナは止まらなかった。
 立ち塞がろうとした兵士は、またあの不思議な圧力をかけられ、次々に武器を落とし、床に伏した。
 寝室の扉が触れてもねーのに開け広げられ、そうしてハルナは、君主よりも堂々と中に入った。

 数歩遅れて寝室に入ったオレが見たのは――ハルナに駆け寄って、その足元にひれ伏した、迦陵頻伽の姿だった。

「廉、オレはいつもお前を見てる」
 ハルナが、優しい声で言った。
「話せなくても、会えなくても、いつも一緒だ。お前が鳥である限り、オレはいつでもお前の味方だ。もし望むなら、すぐにでもオレの宮に迎えたっていい。どうする? 来るか?」
 オレは、ギョッとして息を呑んだ。すると、迦陵頻伽がオレを見た。
 オレを見て、ハルナの顔を仰ぎ見て、そして……うつむいて、首を振った。
「地上の王のもとに仕えるか?」
 その言い方が気になったけど、それより、迦陵頻伽がうなずいてくれたことの方が、オレには重要だった。

「あー? そんな価値、こいつにあんのか?」
 ハルナは冷たい目でオレをちらっと見て、そして優しく迦陵頻伽の頭を撫でた。
「お前がそう決めたんなら、オレは反対しねー。けど、もう泣くんじゃねーぞ?」
 ハルナの言葉に、迦陵頻伽は「は、い」とうなずいて……笑った。

 あ、と思う間もなく、次の瞬間、窓から強い風が吹き荒れて、オレはたまらず目を閉じた。
 居合わせた家臣や侍女が、「わー」とか「きゃー」とか叫ぶのを聞く。
 ようやく風がやみ、オレが目を開けた時――部屋の中は滅茶苦茶に荒らされてて、そして。

 ハルナの姿はどこにもなかった。

(続く)

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