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Season企画小説
5月、野球日和のグラウンド・4 (終)
 三橋のおじさんの登場以降、すっかりお茶会のようになってしまった和やかな面接は、お茶を飲み終わる頃に終わった。
 三星学園のパンフレットや雇用条件の正式書類を渡されて、読んでおくように言われる。
「今日は遠いところをありがとう」
「こちらこそ……休日に貴重なお時間を取って頂いて恐縮です」
 5月5日こどもの日。ゴールデンウィークの終盤とはいえ、連休の真っ最中には違いない。
 本来なら、理事長が学校に来る必要もねぇハズだ。オレの面接のためだけじゃねぇかも知れねーけど、こんな風に時間を取ってくれたこと自体、有難く思うべきだった。
 丁寧に頭を下げてから、三橋のおじさんと一緒に理事長室を後にする。
「ついでに校内を案内しておこう。中高一貫校だけに広いからねぇ」
 三橋のおじさんはのんびりと言いながら、オレをまずは給湯室へと連れてった。
 理事長室から下げて来た湯飲みや皿をそこに置き、「さあ行こう」とオレの背中を軽く押す。

「あ、それとも廉に案内される方がいい?」
 何の気なしな感じで訊かれ、「いえ」と慌てて首を振る。
「そう? まあ、今日の廉は特に舞い上がってるからねぇ、ろくに案内もできないかもだし、仕方ないね」
 ふふ、と小さく笑いながら息子のことを語るおじさんは、高校の頃に会ったままの穏やかで和やかな雰囲気だ。
 じーさんにすげー覇気があった分、おじさんの雰囲気にはホッとする。
 時々三橋の話題を出されるのには、そのたびにドキンとさせられたけど、わざとやってるって訳でもなさそうだった。
 気にしてんのはオレだけなのかも知れない。
 元恋人との5年ぶりの再会、元恋人の父親や祖父との邂逅。元恋人のコネを使っての就活。すべてに気まずさを感じてしまうのは、きっとオレの心の奥に過去がわだかまってるからだ。
「舞い上がってるなんて……」
 そんなハズねぇと思うのに、繰り返し言われると信じたくなって来る。
 思い出してもやっぱ、舞い上がってたようには思えねぇ。けど、素っ気なく冷たい態度でアイツのことを振ったオレに、普通に接してくれただけで有難い。

 中高一貫校だからか、校内をゆっくり巡るだけの簡単な案内ではあったけど、小一時間はかかったと思う。最後にグラウンドに出て、三橋にスポドリを奢られた自販機の前に来たときには、少し疲れを感じてた。
 音楽室からはドンチャンと吹奏楽部の音が流れ、体育館からは相変わらずボールを打ち付ける音が響く。ピリッと鳴るホイッスル、わぁわぁと反響する声。
 キン、と金属バットの音も聞こえるから、野球部の練習もまだ続いてんのかも。
 グラウンドに出て、次はどこに行くんだろう? 三橋のおじさんに案内されるまま校庭を歩き、ネクタイを締めた首元に指を挟む。
「今日は暑いっスね」
 ぽろりと呟くと、「野球日和だねぇ」って言われた。
「グラウンドで走ってる子供らの姿見ると、若いなぁってしみじみ思うよ」
 ちょっと疲れたような声を出し、息子と同じように眉を下げて笑うおじさん。そのまま第2グラウンドの前に行き、フェンスの前で立ち止まる。

 フェンスの向こうでは、ジャージの上着を脱いだ三橋が野球部の子供たち相手に何やら指導を続けてた。
 生徒たちに比べると、やっぱその背は一段と高くて、大人になったよなぁと思う。
「うちに来ることになったらさ」
 三橋のおじさんが、さっきまでと同じ調子でぽつりと言った。
「生徒だけじゃなくて、廉のこともよろしく頼むよ」

 それはどういう意味なのか、判断できなくてすぐに返事はできなかった。
 固まったままのオレの肩を「じゃあ」って軽く叩き、フェンスの向こうに手を上げて静かに立ち去ってくおじさん。
 その背中を呆然と見送ってると、後ろから「阿部君」って三橋に声を掛けられる。
 振り向いて三橋の顔を見るのに、さっきよりも気合がいった。眩しくて、精気にあふれてて、健康的な汗をかいててキレイだ。
 おじさんが言うように、舞い上がってる様子なんてちっとも見えねぇ。
 気後れしてる様子もねぇ。
 5年も前に終わらせた恋が、熱病のように湧き上がって来てオレの胸を痛ませる。顔が熱い気がするのは、きっとこの気温のせいだ。
「面接、終わった?」
 三橋の問いに「ああ」とうなずきながら、ネクタイを緩めてスーツの上着のボタンを外す。
「ど、どうだった?」
「どうって……さあ」
 そんな曖昧なことを訊かれても、答えようがなくて苦笑する。成長して大人になっても、言葉の選び方がビミョーにヘタクソなのは相変わらずだなと思った。

「じゃあ、もう、お終い?」

 するっと投げかけられた言葉に、息が止まるくらいビックリしたけど、三橋の方に気構える様子は見えなかった。
 お終いなのかと、涙目で問われた卒業式の、18の春が遠ざかる。
 何も言えねぇで固まるオレに、三橋がにこやかに手を伸ばす。
「お、終わったなら、野球、しよお?」
「野球って、お前……」
 オレはスーツで革靴なんだけど。そんなの関係ねーんだろうか?
 会うの5年ぶりなんだけど。それも関係ねーんだろうか。
「今日は、子供の日、だから。こ、子供に戻、ろう」
 赤い顔で不器用に笑いながら、三橋がオレの手首を掴む。ぐいっと引っ張る強引さは、5年前のコイツにはなかったもの。
 野球好きなのは、5年前から変わらねぇトコ。
 「レン」と無意識に呼びそうになって、言葉を飲み込む。
 まだ同僚になれるかどうかも分からねぇ今、オレらの関係は曖昧だけど。野球を一緒にやりてぇか、側にいてぇか、この手を振り払いたくねぇか……心に問いかけるまでもなく、答えはイエスしか思い浮かばなかった。

   (終)

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