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Season企画小説
5月、野球日和のグラウンド・2
 地図を見ながらしばらく歩くと、やがて三星学園ってプレートのはまった学校の門の前に出た。門を入ってすぐんとこにある守衛室に、名前を告げて受付を済ませる。
「TR大学の阿部と申します」
 三橋はオレが来ることをちゃんと知らせてくれてたらしい。
「ああ、阿部さんですね。伺ってますよ」
 守衛さんは愛想よくオレを受け入れ、首に掛けるタイプの来校者章を渡してくれた。ストラップが赤なのは、よく目立つようにってことだろうか。
「これを着けて、中等科側の奥の第2グラウンドの方にどうぞ」
 守衛さんに促され、校舎の並び立つ敷地の奥に目を向ける。
 キン、キン、とここでも金属バットの音がするから、野球部の練習でもしてんのかも知れねぇ。
 高1ん時に練習試合した、あの専用グラウンドじゃねーんだろうか? いや、あれは高等科だけの施設なのか?
 よそ者のオレにはその辺の区別はサッパリだし、記憶自体も曖昧だからよく分かんねぇ。
 守衛さんは「中等科」つったんだから、とにかく中等科の方に行きゃいいんだろう。そう思いながら、足早に校舎と校舎の間を抜け、金属バットの音を頼りに奥に向かう。

 ゴールデンウィーク中だから当然だけど、校舎内にひと気は少ない。
 それでも幾つかの部活はやってるみてーで、金管楽器のパプーって音やら、太鼓の音やらが聞こえて来る。窓や扉を開け放った体育館からは、ボールを床に打ち付ける音が響いてた。
 ああ、学校だな。
 当たり前のことをしみじみと感じて、懐かしさに首を振る。
 キン、キン。金属バットの音は、グラウンドが近付くとますます大きくなり、「うぇい!」って少年たちの声も聞こえた。
 その中に、聞き覚えのある声が交じってドキッとする。
「次、サード!」
 キン。
 三橋の声と、打撃音。フェンス越しにグラウンドを覗くと、バッターボックスの辺りにジャージ姿の青年が立ち、選手たちにノックをしてるのが見えた。

 バットを振る三橋。グラウンドに響く声。
「打ってから、走るんじゃ、遅い」
「はい!」
 三橋の指導に大声で答える少年。その少年と目が合って――少年の目線を辿るように、三橋がこっちを振り向いた。

 記憶の中にあった、まだ幼さの残るアイツの顔が、一瞬で「今」に塗り替えられる。
 5年ぶりに会った三橋は、色白なのこそ昔のままではあったけど、精悍でキレイで真っ直ぐに背筋を伸ばしてて、立派な大人の男だった。
「うおっ」
 大袈裟なくらいに驚いて、三橋がデカい目をまたたかせる。
 けど、そこで終わらねぇのがやっぱり大人だ。「キャプテン!」と声を上げて生徒を呼び、駆け寄って来たソイツにバットとボールを渡してる。
「ちょっと外す、から。そのまま続けてて」
 三橋の指示に「はい!」と元気よく返事する生徒。キン、とノックが始まる音を背中に、三橋がこっちに駆けて来る。
「阿部君、久し振り、だ」
 にこやかに声を掛けられて、「ああ……」と曖昧に返事する。
 ジャージの袖で汗をぬぐい、ファスナーを引き下ろす仕草が、匂い立つくらい色っぽくてドギマギした。

「遠かった、でしょ?」
「ああ」
「今日、暑い、ね」
「ああ」
 気まずさなんて何も感じてねぇように、普通にオレに話しかける三橋。頬が赤くなってっけど、さっきまでノックしてたせいかも知れねぇし、実際汗だくだし、深い意味はねぇのかも知れねぇ。
「日陰、行こう」
「ああ」
 促されるままグラウンドを離れ、校舎の陰に2人で向かう。去り際にちらっと見たところ、ノック練習してる選手の数は10人前後ってとこだろうか。
「ノックとか……するんだな」
 ぼそりと言うと、「監督、いなくて」ってこくりとうなずきながら言われた。

 校舎の陰の自販機で、ペットボトルのスポドリを「どーぞ」って渡され、奢られた形でベンチに座る。
 こうしてすんなり奢ったりとか、昔はできるようなヤツじゃなかったのに。これも大人になったってことなのか。それとも、人馴れしたってことなのか。
 成長を喜ぶべきだとは思うけど、そう思う事自体おこがましいような気もして、素直に現状を受け入れられねぇ。
「阿部君、には、もし、うちの学園に来るなら、野球部の監督も、引き受けて欲しいん、だ」
 そんな風に唐突に就職の話を振られ、それにもついて行けなかった。
 元恋人としては、もうちょっと話すこともあるような気がする。けど恋人じゃなくなった今となっては、語り合うことなんて無用な気もする。
「お前がいるじゃん」
 辛うじて返した言葉に、三橋は「ううん」って首を振った。
「オレ、は、経営者側、だから。あんま関わり過ぎるの、よくない」
「そういうモンか」
 オレの適当な相槌に、「そういうモン、だ」ってうなずく三橋。にへっと笑う顔はいつも通りに見えるのに、雰囲気だけは大人びてて、キレイで眩しい。

 ああ、もう、コイツは――オレとの別れを惜しんで泣いた、あん時のままの少年じゃねーんだな。
 気まずさを感じてたのは、オレだけのようで気が抜ける。
 素っ気なくして傷付けたこと、ずっと気にしてたけど、コイツはもう気にしてねーのかも。そう思うとホッとするけど、なんだかぽっかりと胸の奥に穴が空く。
「……まだ、採用決まった訳じゃねーじゃん」
 汗をかき始めたペットボトルを弄びながら呟くと、三橋は「そう、だ」ってうなずいて、自分の分のスポドリを一気にあおって空にした。
「面接、行こう」
 ベンチからすくっと立ち上がる三橋。唐突に変わる話題。
 グラウンドからは金属バットの音が聞こえ、5月の風が爽やかに三橋の汗ばんだ猫毛を撫でる。
「じーちゃん、理事長室」
 言葉少なにそう言いながら、校舎の向こうを三橋が指差す。
 そっちにホントに理事長室があるのかどうかも、よそ者のオレには分かんなくて。「ああ」って返事をしながら、自分の足で立ち上がるしかなさそうだった。

(続く)

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