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Season企画小説
5月、野球日和のグラウンド・1 (社会人・別れた後の再会・2020子供の日)
アベミハのお話は
「知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる」で始まり「答えはイエスしか思い浮かばなかった」で終わります。
#こんなお話いかがですか #shindanmaker https://shindanmaker.com/804548 より。



 知らない場所のハズなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。なんでそう感じたか、理由はすぐに分かった。キン、と金属バットの音が遠くに聞こえて来たからだ。
 甲子園優勝を目指して、すべてを野球に打ち込んだ高校時代からもう5年。
 やりたい勉強をしてやりたい研究を続け、大学院に進んだことに後悔はねーけど、こうして野球のことを思い出すとどうしてもノスタルジーにかられてしまう。
 たった数年野球を離れただけなのに、随分遠くに来ちまった気分。
 けど、それも当然かも知れねぇ。リトルリーグ、リトルシニアを経て高校で野球部に入って……大学での野球サークルも入れると、野球に関わってた時間はそれなりに長かったからだ。
 野球を選ばなかったことに後悔はねぇ。けど、この先ずっと野球と縁遠くなんのかと思うと、それは寂しい。
 そう思う程度には野球が好きで、だからこの金属バットの音を耳にして、懐かしさに襲われんのは当然のことだった。

 はあ、とため息をつきながら、止まってしまった足を動かし、再びゆっくり歩き始める。
 約束の時間までそう時間はねーし、急がねーといけねぇ。
 けどどうにも気分が重いのも合わさって、自然と足が重くなる。金属バットの音が輪をかけて、更に心がどんより曇った。
 空は抜けるように爽やかな青空なのに、心地よい風も心地よい陽光も、それを晴らすには効果が薄い。
 よく晴れた5月初旬の午後。いかにもな野球日和。
 住み慣れた埼玉の空気よりも、適度に田舎なここの空気は緑の匂いがわずかに強い。住宅街の中に時々混じる土の匂いも、何もかも野球の気配を感じてしまう。
 何より、これから会うのは誰よりもオレに野球を思い出させる相手だ。
 高校時代にバッテリーを組んでた、三橋廉。高校時代の恋人でもあったっつーのに、アイツとは高校の卒業式以来会ってなくて、今回が5年ぶりの再会になる。
 そんなオレと、今更何の話があるんだろう?
 自分でも、別れ際の素っ気なさにはほんの少し後悔もあって、正直気まずい。けど就職のことを絡められると振り払うこともできなくて、気が重いなりに足を進めるしかなかった。

 景気がよくなってるとか今年は厳しいかもとか、そんなあやふやな噂ばっか耳にする昨今、理系の大学院生の就職状況は、正直そんなに良くはねぇ。
 専門分野に就職できりゃ、学歴も研究結果もそれなりに役には立つだろうけど、そんな可能性はかなり低い。それでいて専門外の分野だと、途端にネックになるのが当の学歴だ。
 偏った専門知識、偏った専門技術、無駄に高い学歴に、大概高いって言われるプライド。そういうのを大概の企業は嫌うみてーだと、実際に就職活動を始めてからようやく気付いた。
 オレはそんなプライド高くもねぇと思うけど、先方からしたら「理系の大学院生」ってだけで十分敬遠する理由になるらしい。
 2つ下の学部生が次々就職を決める中、大学院2年のオレらは格段に厳しくてヤベェなと思わざるを得なかった。
 面接にさえ行きつけばって思うけど、院卒の募集すらしてねぇ企業も多い中、競争率はすげー激しい。
 面接どころか就職試験も受けられず、書類審査の段階で落とされて履歴書を送り返される毎日。日に日に焦りだけが募る中、研究もおろそかにできねーし、かといって就活を中止するわけにもいかねーし、さすがに参る。
 三橋からの連絡が入ったのは、送り返された履歴書が5通目に入った時だった。

――三星学園の教員募集、受けてみませんか?――

 「久し振り」とか「元気ですか?」とか、普通なら添えられるだろうハズの言葉が全部削ぎ落された、用件だけの短いメール。
 けどこんな短い文章を打ち込むのに、きっと何時間もかけてたに違いねぇ。それが予想できる程度には、オレらの関係は近しくて、そんで振り払うには惜しかった。
 魅力的なのは、就職だ。
 三橋じゃねぇ。就職だ。提示された給与も、その他の条件も、勤務先が群馬ってことを差し引いてもそこそこ魅力的だった。
 教員免許は幸い取ってたし、オレの方には何の問題もねぇ。
 ただ問題があるとすりゃ、三橋との過去のあれこれだけだったけど、連絡してきたのはあっちだし。きっと三橋にとっては、もう過去の話なんだろう。
 だからこんな、オレが気に病む必要なんてきっとねぇ。
 足取りを重く感じたって、行くべきだ。

『お、終い、なの?』
 デカい目を涙で潤ませオレを見た、縋るように寂しげな顔がふと脳裏によみがえり、ぶんっと強く首を振る。
 三橋が気にしてねーんなら、オレも気にしねぇ。
 受けるにしろ断るにしろ、断られるにしろ、実際に会ってみねぇと始まらねぇ。
 キン、と金属バットの音が遠くの空に響く中、田舎の住宅街をゆっくり進む。
 野球日和のよく晴れた5月の午後、気温は程よく高くて、スーツをカッチリ着込んだオレにはほんの少し暑かった。

(続く)

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