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Season企画小説
帰って来た花粉の子・後編
 肝心のレンレンが部屋ん中にいなくても、日課の水やりは欠かせねぇ。
 杉は肥料も好きだけど、水も結構好きらしい。春と秋は1日1回、夏は2回、冬は2日に1回の水やりがベストだ。
 今は春だから、1日1回。
「今日も可愛いな。たっぷり飲めよ」
 ちょっぴり伸びた黄緑色の若葉を愛でつつ、窓辺に置いてたマイじょうろから水をやる。ただの水道水だけど、朝日のエネルギーとオレの愛情とがたっぷりこもってるハズだ。
 昨日引っ越しさせたばっかの厳選植木鉢は、今の1年生の苗木にはちょっとデカい。
 今後はもうちょっと育ってってやがてピッタリになってくだろうけど、ぶかぶかの服を着てるような感じは否めねぇ。
 ……そういや、根っこ丸出しの時って、レンレンも下半身丸出しになってたっけ。
 植えた瞬間を見逃したから、どうやって服着たか分からねーけど、ぷりんとした小さい尻を思い出すと、可愛らしさにふっと和む。
 もうちょっと、コケとか植えてやった方が寂しくなくていーのかな? それとも、コケより人形だろうか?
 何か欲しいか、レンに訊いてみた方がいーのかも知んねぇ。っつーか、頭に前みてーにへばりつけて、一緒に園芸店を覗くのもイイ。

 園芸店デート。悪くねぇ。
 問題は、はたからみるとオレが1人でぶつぶつ独り言呟いてるように見えることだけど、人目を避けりゃ問題ねぇ。
 他人には見えねぇレンレンと、他人には聞こえねぇ声でこしょこしょ内緒話すんのも、想像すると悪くなかった。
 そうと決まれば、いつ行くか。
 今日もよく晴れた風の強い日、絶好の花粉日和だし、今日でもイイ。そう思いながら自室を出て階段を降り、朝メシを食うべくダイニングに向かうと――。
「おは、よう」
 黄色いエプロンを着た薄茶色の髪の少年が、くるっとこっちを振り向いてにへっと笑った。
 1年ぶりに見たレンの姿に、心臓がドキッと固まる。
 えっ、と思う間もなくレンレンは一瞬で元のちっこいサイズに代わって、ぴゅーんとこっちに飛んできた。

「あべ、君」
 びたっと顔に貼り付かれ、「おお、おはよ……」と声を掛ける。
 昨日、液肥飲んで茹でダコみてーになってたけど、もうシラフに戻ってるみてーだ。けどそんな安心よりも、さっきの衝撃の方がデカくて胸が震えた。
 脳裏に去年別れた時の、寂し気な笑みがふと浮かぶ。
 今はここに、目の前に本人がいるっつーのに。それを思い出したから、きっと感傷的になってるだけなんだろう。じわっと目の端に涙が滲んだ。
 まだちっこいから、デカくなれねーんじゃなかったっけ。いや、一瞬ならなれるんだっけ。昨日、確かに話は聞いてたハズなのに理解はしてなかったみてーで、コノヤロウって思った。
 会えて嬉しい。マジで嬉しい。けど、それを素直に口に出すのは難しい。
「あべ、君、目、赤い?」
 ちっこいレンに心配そうに覗き込まれて、「花粉症じゃね?」って目を背ける。
「ふわっ、たっ、大変!」
 って、わたわた慌てるレンレンが可愛い。
「どっ、どこの花粉が、オレの阿部君をっ」
 って、ぷりぷり怒ってる様子も可愛い。

「兄ちゃん、嘘はよくないよ」
 弟のツッコミに、レンレンがデカい目を見開いて固まった。
「う、う、うそ?」
「そー、ウソ、ごめん。花粉症じゃねーよ」
 苦笑して謝り、ちっこい頭を指先で撫でると、レンレンはふにゃっと笑みを浮かべて、「よかったぁ」って可愛く笑った。

 そんな可愛いレンレンが、今日は朝メシ作んの手伝ったらしい。レンレンよりも、母親の方がテンション高く自慢して来た。
「レンレン君、可愛いのよ!」
 って。可愛いのは十分知ってるっつの。
 手伝いっつっても卵を割るとか、あんま大したことはしてねーみてーだけど、母親が喜んでんなら多分それでいいんだろう。
「こんな息子と一緒に料理するのが夢だった」
 弾んだ声でそう言われ、「あー、そう」って適当に返事する。
 確かに生まれてこの方料理の手伝いなんか1回もしたことなかったけど、いざオレが手伝おうとしたら、きっと「雑だからもういいわ」とか言うんだろう。
 大事なのは多分、可愛げだ。
「頑張ったもんねー、レンレン君?」
 オレの前からレンレンをパッと奪い取り、くるくる回り始める母親。きゃっきゃっと笑うレンレンも、満更じゃなさそうで結構なことだ。
「いただきます」
 手を合わせて箸を取り、レンレンが割ったっつー卵焼きを口にする。いつも通りの母親の味付けだなと思いつつ、もくもくとメシを食ってると、「あべ、君」ってレンレンに呼びかけられた。

 視線を向けると、ダイニングテーブルの上に立ち、もじもじしながらこっちににじにじと寄って来る。
 その背中には、なにやら隠し持ってんのが丸見えで、可愛い。
 何を持ってんのかは分かんねーけど、悪いことじゃなさそうだ。もしかして、もう1品くれるんだろうか?
「何?」
 箸を置き、ぷくぷくの頬をちょんとつつくと、背中に隠してたモノを「これっ」ってぐいっと差し出された。
 えいえいと押し付けられんのを受け取ると、どうやらいつもの花粉ボールではねぇらしい。
「これ? 何?」
 ふわふわで黄色い、直径4cmくらいのボール。ほんわりと柔らかくて、作り立てみてーに温かい。
 何かと思ったら、「ホワイトデー、だから」って言われた。

 ホワイトデーって言われてカレンダーを見て、そういや3月14日かって気付く。バレンタインに何もしてやってた覚えはねーけど、そういうモンじゃねぇらしい。
「す、好きな人、に、大好きのお返、し」
 真っ赤な顔でそう言って、顔を隠して照れるレンレンが可愛い。
「可愛いー!」
 一声叫んだ母親にあっという間にさらわれたけど、再びふよふよと空を飛んでこっちに戻って来るのも可愛い。
「お、オレの花粉、入り、です」
「いや、花粉はいらねーけど」
 照れ隠しに言い返しつつ、ころんと可愛いボールを愛でる。
 朝メシ作るときについでに作った、多分ベビーカステラもどき。けど、レンレンが作ってくれたって思うと嬉しい。ゆで卵の黄身だけだったとしても多分嬉しい。ホワイトデーなんか関係なく嬉しい。
 何より嬉しいのはきっと、「大好きのお返し」って言葉なんだろうと思う。

 この1年、いつか再会できりゃいーなと思いつつ、半信半疑で杉の挿し木を育ててた。
 水も液肥も欠かしてねぇ。土が乾かねぇよう注意して、水と愛情を注いでた。それが、伝わってたとしたら嬉しい。
 もうさよならしなくていいんなら、もっと嬉しい。
「ああ……」
 頬が緩むのを自覚しながら、去年の別れ際の少年を想う。
「兄ちゃん、顔赤いよ」
「花粉症だろ」
 弟のツッコミに適当に返事しつつ、メシ食うのを再開させる。レンレンは「花粉症!?」ってさっきと同じく慌ててたけど、それを笑う気にはならなかった。
「なあ、今日、一緒に外行かねぇ?」
 レンレンに手のひらを差し出し、園芸店デートに誘う。
 厳選高級植木鉢の可愛い杉の子に似合うような、可愛いアクセサリーを奮発してやろうと思った。

   (終)

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