Season企画小説
花散る春の庭の夢・中編
やがて現れたルリは、豪華な赤い着物を着てた。ひらひらの布を何枚も重ねた姿で、十二単だっけ、って分かる。
足元はずるずる引きずる袴じゃなくて、ミュールみたいなの履いてるけど、これでも十二単って言えるのかどうか、オレにはよく分かんない。
長い黒髪を弾ませるように小走りでやって来たルリは、「もう」って怒った顔をした。
「レンレン、何ぼうっとしてたの? 急がないと、みんな待ってるよ!」
責める口調にたじっとしつつ、「レンレンって言うな」ってぼそりと伝える。言われた方のルリは、相変わらずちっとも悪いと思ってない。
「はいはい、どうでもいいから。行くよ」
「どっ……」
どうでもいいって何だ、って言いかけた文句が、行くってどこに、って疑問にパッと置き換わる。
「ど……っ」
どっちも「ど」だとか思いつつ、言葉にならずにドモッちゃう時点で、オレに言い返す隙はない。
ルリの方も聞く耳持ってはくれなくて、手首を掴まれてぐいぐい向こうに引っ張られた。
一体、どこに連れて行かれるんだろう? さっき、みんな待ってるって言った? みんなって、誰?
首を傾げつつ、手を引かれるまま小石の敷かれた庭を進む。
延々と続く白い庭、延々と降り続く花吹雪。ぬるい風がぶわりと吹いて、目の前が白やピンクの花びらに埋まる。
ここ、どこだろう?
なんでルリは十二単なんだろう?
そんで、なんでオレも着物姿なんだろう? 歩きにくさとかちっとも分かんないから気付かなかったけど、よく見れば履いてるのは木靴っぽい何かで、これ何なのかなー、ってすごく不思議。
色々おかしいのは、夢だからかな?
そういえば、これ、夢だっけ?
ぽわりとそんな思考が頭の中に浮かんだけど、シャボン玉みたいにぱちんと弾けて、すぐに何だったか忘れてしまう。
延々続くと思われた白い庭は、やがて木造のお屋敷が見えたとこで終わった。
じーちゃんち? じゃないような? じーちゃんちに似てるような気がするけど、違うような気もする。こんなに縁側が長くないし、こんなに庭も広くない。
お屋敷の前には大勢の着物姿の人がいて、オレに気付いて手を振った。
「遅いぞ、レン。主役がどこ行ってたんだ?」
ゆう君に叱られて、「ご、めん?」と謝りつつみんなを見回す。
主役って何だろう? そりゃ、オレはエースだし、投手がいないと試合は始まんないから、主役って言ってもいいかもだけど、今までそんな風に言われたことないから、よく分かんない。
それとも別の意味の主役かな? でも、誕生日でもないし……なんだろう?
「あ、の、主役って?」
訳が分かんないまま尋ねると、「人生の晴れ舞台だろ」って言われた。
人生の晴れ舞台。思った以上に大袈裟な言葉に、ドキッと心臓が跳ね上がる。
その戸惑いは、次のコースケ君の言葉で、ますます強く大きくなった。
「なんだ、マリッジブルーか?」
「ま……?」
マリッジブルー、って。そんなカタカナ使っちゃっていいのかな? 夢だからいいのか? っていうか、マリッジ? って何?
marriageが結婚って意味なのはオレだって知ってるけど、いや、そもそもなんでマリッジなのか分かんない。
でも、分かんないのはオレだけみたい。
「早く早く、支度もあるんだから」
「主役がいねーと始まらねーぞ」
みんな口々にそう言いながら、オレを屋敷の方へと押しやった。
履物を脱いで裸足のまま縁側から上がり、「こっちこっち」と呼ばれるまま座敷に入る。
赤い布が広々と敷かれた板間の上に、色んな贈り物が山積みになってて、うわぁ、と思う。
ご馳走も並び始めてて、ホントに宴会があるみたい。
「着替えないと、ほら」
ルリに背中を押されつつ、奥へと進んで別の部屋に入ると、そこには同じく十二単を来たしのーかさんとモモカンがいて、「遅かったね」って叱られた。
2人とも笑顔だけど、ちょっと怒ってるのが分かる。モモカンの笑みがキレイけど怖い。
「ひぃっ」って喉奥で悲鳴を上げると、「時間押してるよ!」って言われた。
「すっ、すっ……」
すみません、って謝罪をぼそぼそと呟きつつビビるオレ。ずんずんと近寄って来たモモカンは、ぐいっとオレの着物を引っ張った。
「早く着替えて! 主役なんだから!」
また主役って言われた、と思いつつ、べりっと上着を脱がされる。
着替えは自分で、って言いたかったけど、着物なんて自分で着られる自信がないから、とてもそうは言い出せない。
上着を脱がされ、帯をほどかれ、着物を脱がされ、「ちょっと待って」ってストップもできない。
白い襦袢までは脱がされなくてよかった。いや、よくないけど、パンツ1枚にされるよりマシだ。怯えてると、今度は重々しい紺色の着物を着せつけられ、袴をはかされ、帯をぎゅうぎゅう締められる。
ルリも加わって、3人がかりで容赦ない。
「後ろ向いて。手を上げて。上げ過ぎ」
キビキビとモモカンに命令され、反論もできず、されるがままに支度される。最後にギリギリと髪を縛られ、上から冠を着けられた。
「はい、これ。持って」
そんな言葉と共に、木べらみたいなのを持たされる。裏を見ると「本日の主役」って書かれてて、ありがたみも何もない。これ、どっちに向けるべき? でも見えるように持つのはイヤだよ、ね。
「さあ、三橋君の晴れ舞台だよ」
「おめでとう」
モモカンとしのーかさんが、やり切ったような笑顔でオレを送り出す。
晴れ舞台って何だっけ?
ぼうっとしながら考えてると、「いよいよ結婚だね」ってモモカンに肩を叩かれた。
そういやそうだっけ、と思いつつ、今更のように首をかしげる。結婚? 相手、誰? こんな感じで結婚するんで、ホントにオレ、いいのかな?
頭の中にぽやんと十二単の誰かが頭に浮かぶけど、派手な扇で隠されてて、その顔はよく分かんなかった。
可愛い子だといいなぁ、って、ぽやんと思う。
結婚相手が誰だか思い出せないの、ヤバくないのかな? 結婚って、こんなもの? そういえば昔って、結婚式当日に顔を合わせることもあったっけ?
緋い毛せん。ずらりと並ぶ仲間。上座には誰も座ってなくて、後ろの金屏風がよく見える。
上座の左右には桃の花と橘の花が、高く活けられてて華やかだ。
庭の方にも赤い布が敷かれてて、楽師たちがちゃかぽこと音楽を奏でてる。
一段高くなってる上座に近付くと、金屏風の裏に豪華な布団が敷かれてるのが見えて、カーッと顔が熱くなった。
(続く)
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