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Season企画小説
花散る春の庭の夢・前編 (原作沿い高1・2020雛祭り)
 野球部の練習の後、みんなとちょっと遠くの大衆食堂に行った。
 ファミレスよりメニューは少ないけど、ファミレスより安価だ。人気もあるみたいで、午後の中途半端な時間なのに結構人が多い。
「11人です」
 マネジも含めての人数を言うと、「お席、バラバラになりますが」って言われた。それでもいいから、って了承して、入り口付近の待合席にたむろする。
 こういう場合、静かに座ってた方がいいのか、それとも他のお客さんたちに譲って立ってた方がいいのか、体力のある運動部員としてはちょっと悩む。
 みんなも一緒なんだろう。数人は座ったものの残り半分は立ったまま、順番が来るのを待ちながらキョロキョロ周りを眺めてる。
「おっ、雛飾りだ」
 誰かの声に振り向くと、入り口のレジカウンターの横、お土産コーナーとは反対側に、独特の赤い布が見えた。

 雛飾りと言って思い出すのは、じーちゃんちにあったイトコのルリの大きな7段飾りだ。
 飾るとキレイで華やかだけど、飾りつけをするまでが大変で、片付けも大変。
「男の子は触っちゃダメ」
 とか言うくせに、準備と片付けはしっかりと手伝わされて、理不尽な思い出しかなかった。
 大きな雛飾りの鎮座する座敷は、その期間だけ別空間になるみたいに感じた。近所の女の子を数人呼んで、女の子だけでキレイな色のお菓子を食べ、くすくす笑いながら遊んでたっけ。
 オレは準備と片付けしか近寄らせて貰えなかったから、すごく遠いモノってイメージある。
 確か、すごく高価なんだっけ。それとも、あれは初孫に浮かれたじーちゃんが奮発しただけだったのかな?
 それが、こんな誰でも手が届くとこに置いてあるって、すごく不思議だ。

「へ、え」
 みんなと一緒になって覗き込み、人形をざっと見て、あれ、と思う。
 違和感に気付いたのはオレだけじゃないみたいで、みんなが「ん?」って立ち止まった。
「おかしくない?」
「ってか、男しかいなくね?」
 男しかいない、って言われて改めて人形を見て、違和感の正体に気付く。本来、男女ペアであるハズの雛壇のてっぺんには、なんでか男の人形が2つ並んでて、残りは楽器を持つ五人組と、おじいさんの人形と、花や家具やお餅なんかの飾り物ばっかだけだった。
 女の子の人形がない。
 お雛様もいなければ、三人カンジョだったっけ? あれもいない。
 去年の今頃、じーちゃんちで手伝わされたルリの雛人形を思い出し、「ない、ね」ってぼそりと呟く。
 オレの記憶が正しければ、1番上がお雛様の男女ペア、その下が三人カンジョ、その下が五人バヤシ、それから左右の男の人形だった。ハズ。
 飾る場所を間違えると無茶苦茶怒られるから、何度も見本の写真を見て、参考にしたの覚えてる。だから人形は本来、全部で、えーと……。

 人形の数を指折り数えて思い出してると、レジに立ってた店員さんが、「それねぇ」って笑いながら話しかけて来た。
「うちの娘のものなんだけど、もう大きくなったし、古いものだから、『ご自由にお持ち帰りください』ってしてたんだけどね。そしたら男の人形だけが余っちゃってね……」
 店員のおじさんの説明に、みんなが「ああー……」って納得する。
 きっとバラバラに持って行かれちゃっただろう、お雛様。
 男ばっか残されてるって思うと、同じ男としても寂しいけど……1番寂しいのは、お嫁さんがいなくなっちゃったお内裏様じゃないだろうか。
「なんか、嫁に逃げられた後みてーだな……」
 ぼそりと阿部君が漏らした呟きに、オレもみんなもしーんと黙った。
 順番も適当に飾られた雛壇。ピンクの花とオレンジの花がバラバラになってるし、菱餅も1個ない。牛車と家具が並んでたりして、無秩序でめちゃくちゃ。
 別に、女の子のために飾られてる訳じゃないし、「ご自由にどうぞ」だからいいんだろうけど……奥さん、お母さんがいなくなって苦労してる男所帯を、表してるみたいで複雑だった。

 そういう事があったからだろうか、その晩、不思議な夢を見た。

 オレは重苦しい衣装を着て、花吹雪の中に立っていた。
 白やピンクの花びらがひらひらと舞い落ちるのを、口をあけたままぼうっと見上げる。
 空が青い。雲が白い。周りは暖かくて、風はそよそよ優しくて、昼寝したら気持ちいいだろうなぁと思う。
 ……ここ、どこだろう?
 夢だっていう自覚は何となくあるから、きっと夢なんだろう。こういうの、何て言うんだっけ? 眠りが浅いときに見るんだっけ?
 そんな知識がぽわぽわ浮かぶけど、目が覚める気配はなくて、仕方なくその場を移動する。
 夢の中で寝たら逆に目が覚めるんじゃないかなって思ったけど、残念ながら昼寝するようなベッドも布団も見当たらない。ベンチとかもない。
 
 キョロキョロと周りを見回しながら歩くと、1歩進む度に足元でじゃりじゃりと音がした。
 白っぽい小石がびっしり敷かれてるのに気付いて、どっかの庭かなぁってぼんやりと思う。じーちゃんちにもあったから、そんな珍しくはないけど、踏み荒らすと怒られたから、あんま長居はしたくない。
 っていうか、バレたらオレ、怒られる?
 夢の中で怒られるのは嫌だなぁ。
 そんなことを考えながら、道を探して歩いてると、遠くで誰かの声がした。
 耳を澄ますと、レンレーンって声が聞こえて、イトコのルリだって分かる。レンレンって呼ぶなって何度言っても「はいはい」としか言わないイトコを思い出し、憤慨しつつイトコを探す。
 なんでルリが、とはもう思わなかった。
 夢だって自覚もいつの間にか薄れてたけど、それを気にすることもなかった。

(続く)

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