Season企画小説
初恋キャッチャー・5
阿部君と野球をした余韻に浸ってる間に、すぐに冬休みになって、年が明けた。
冬休みは受験生にとって大事な時期だし、阿部君も塾の冬期講習受けるとかで会えなかったけど、相変わらず短いメッセージのやり取りはできてた。
クリスマスにはメリクリメッセージ、正月にはあけおめメッセージが貰えて、なんだかすごく新鮮、だ。
勿論、ゆう君やコースケ君たち高校のチームのみんなからも同じくメッセージ貰えたけど、阿部君から貰えるのは格別だった。
だって、チームメイトでもクラスメイトでもない、同い年でもない相手だ。ゲーセンで偶然出会ったって接点くらいしかなかったのに、ここまで長く付き合ってくれるの有難い。
オレ、中学では友達とか全く作れなかったから、余計にすごく嬉しかった。
うちの学校は公立だから、試験の日は2月の末になる。その日は逆にオレらは休み、だ。
合格発表は、3月の頭。3月になったらあっという間に春休みになって、そしたら対外試合も解禁になって、春の大会の時期になる。
野球、できる。
勿論、今やってる筋トレとかロードとかの基礎メニューも大事だって分かってるし、単調な繰り返しだって決して苦ではないんだけど、でも試合はもっと楽しいから、嬉しい。
野球やりたい。そして勝って、あの独特の爽快感を味わいたい。
狙ったとこドンピシャにボールがコースを辿る快感。キャッチャーミットに吸い込まれるよう、ボールを届かせられる快感。UFOキャッチャーでドカッと景品が取れるのも快感だけど、また違う、あの爽快感を味わいたい。
……できたら、阿部君と一緒に味わいたいんだ、けど。それは無理な願いなの、かな?
チームメイトみんなの出身校や出身チーム、伝手を頼って訪問させて貰ったチーム、回ったとこ全部で10以上はあったけど、その中で何人がうちに来てくれるかは未知数、だ。
訪問したのも12月だったし、オレらのためにわざわざ顔を出してくれたのも少なかったし、うちは公立の弱小校で不利な点ばっかだけど、春には後輩、できるといいなぁって思う。
阿部君はもう、進学先決まったのかな? うちに来てくれる、なんてこと、ないのかな?
週に数回はメッセージのやり取りをしてるオレらだけど、まだ志望校がどうとか、そういう具体的なことは聞いてない。
阿部君の事情に踏み込むのもちゅうちょしちゃうし、彼の口から「西浦受けようかな」みたいなことも言われてない。オレから訊く勇気なんて、もっとない。
阿部君……阿部君、は、オレと野球したいって、思ってくれてないの、かな?
あの時、オレのボールを受けて、どう思った?
よかった? ガッカリした? 去年よりは格段に速くなった球だけど、それでもやっぱ遅かった?
「西浦受ける」って言ってくれないのは、オレがエースじゃ頼りないから、か?
埼玉の公立校、願書提出日は2月17日と18日。
もうきっと、とうに決まってるだろう志望校だけど、その日にホントに決まってしまう、運命と通学先の分かれ道。
土日を挟んだその直前――2月14日に、「会えないか」って阿部君からメッセージを貰って、ドキッと心臓が固まった。
願書提出日の前、阿部君をスカウトする最後のチャンス。
「一緒に野球やりたい」って、阿部君に言いたい。恥を忍んで伝えたい。オレがお願いすることじゃないかもだし、もっと強豪校行ったほうが阿部君のためになるのかもだけど……でも。
でも、やっぱ、これからも阿部君と一緒にいたかった。
2月14日に阿部君に会うって話をすると、ゆう君とコースケ君が、口を揃えて「またチョコか?」って訊いてきた。
そりゃ、2人にとっての阿部君って、UFOキャッチャーでチョコ取ってくれた人ってイメージなのかも知れないけど、取ってくれたのはチョコだけじゃないし、チョコを取りに行く訳でもない。
「な、んでチョコ?」
不思議に思ってそう訊くと、2人は顔を見合わせて「バレンタインじゃん」って口々に言った。
「忘れんなよ、2月14日っつったらチョコだろ」
「まあ、うちの野球部は恋愛禁止だし、関係ねーけどな」
「でもくれるっつーなら、チョコ欲しーなー」
チョコの甘味を思い出したみたいに、2人の口元が笑みに緩む。オレもチョコ好きだし、くれるっていうなら欲しいけど、バレンタインって意識がなかったから、意外だった。
そうか、高校の願書提出日の前だってだけじゃないのか。バレンタイン、か。
バレンタインっていうとチョコを渡す日だって、そんなことを思い出し、じわっと頬が熱くなる。
オレ、女子じゃないし、告白って訳でもないんだけど、阿部君にチョコ渡したいなってふと思った。
イマドキは友チョコなんてのも普通だし、現にゆう君やコースケ君だって、「3人で金出しあって高いの買おうぜ」なんて言ってるし、オレが買ったって変じゃない、かも。
阿部君、そういや金貨チョコを取った時に「いらねぇ」って言ってたけど、チョコなんて迷惑、かな? チョコよりもっと実用的なモノの方がいい? ボール、とか? いや、それはオレが貰ったら嬉しいだけ、かな? どうだろう?
阿部君のことを思うと、胸の奥が暖かい。
阿部君がうちを受けるとしても、受けないとしても、高校受験頑張って欲しい。
オレには勉強教えることだってできないし、応援するしかなさそうだけど、阿部君が志望校に入れればいいなって思う。
そんで、その志望校がもし西浦なら――それ以上、望むことはない。
待ち合わせは、いつもの例のゲーセンの前。そん時に阿部君に、「受験頑張って」って伝えようと思った。
(続く)
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