Season企画小説
初恋キャッチャー・4
どぎまぎしながら身動きも何もできないでいると、阿部君が1歩前に出た。
「投げてみてよ」
そんな言葉と共に、ぽんとボールが手渡される。
握り慣れた感触は、ここに来るまでに触ってたボールと同じ。ずっと握られてたのか、阿部君の手のぬくもりが移ってほんのり温かい。
「オ、レ?」
ボールを見て阿部君を見て、再びボールに目を落とすと、「いいでしょ、監督?」って、阿部君がチームの監督さんを見上げてた。
うちの監督と、阿部君とこの監督さんと、大人2人同士が目線で相談し合い、オレにどうするか訊いてくれる。
「三橋君、どうする?」
監督に言われて、ドキッとした。
こんなギャラリーの多い中で投げるなんて、緊張するなんてもんじゃない。
監督やコーチの指導のお陰で、去年よりは球速上がったけど、そんな剛速球って訳じゃないし、恥ずかしい。
いつもなら、絶対怖気づいたと思う。
それでも即座に断んなかったのは、こんな機会もうないって思ったからだ。
オレ、阿部君と一緒にUFOキャッチャーするの楽しかった。こんな風に、一緒にずっといたいと思った。
一緒に野球できれば、もっといいのにって夢見てた。
別チームだし、うちの学校目指してくれるって聞いた訳でもないし、未来のことは何にも分かんないけど、そんでも今、一緒にボールを囲んでるのは確かだ。
学生服を着た阿部君が、エナメルバッグの中からミットを取り出してオレに見せる。
「UFOキャッチャーもいいけど、キャッチャーも楽しもーぜ」
楽しもう、って言われてドキッとした。
阿部君も同じこと、もしかして思ってたのかな? オレと、ゲームだけじゃなくて野球もやりたいって思ってくれてた?
「お、オレ、球、遅いけど……」
ごにょごにょと言い訳しながら、手渡された硬球をまっすぐの位置に軽く握る。
阿部君は学生服の上着を脱いで、セーターの上から防具を着けた。
オレの球をキャッチするの、阿部君は楽しんでくれるかも知れない。けど逆に、ガッカリしてしまうかも知れない。それなりに楽しんではくれても、西浦に入学をって気にはならないかも。
そう考えると責任重大な気もするけど、でもそれなら余計、最初で最後になるかも知れないし。
2度とないチャンスだと思えば、最高の球を受けて貰いたいとも思う。
「まずは軽くな」
いつもより少し楽し気な阿部君の声に促され、軽くキャッチボールから始める。
体が暖まり、吐く息がかすかに白くなった頃、阿部君がブルペンの定位置でミットを構える。
周りからの視線が正直痛い。
あちこちからじっと見つめられ、品定めされてんの気配で分かる。
けど、「1球!」って響きのいい声が聞こえた瞬間、雑念が一気に吹き飛んだ。
何かの始まりかも知れない。
最初で最後になるかも知れない。
公式戦の1球よりも、きっとオレにとっては重い球。ピッチャープレートをぐっと踏み締め、ミットをまっすぐ見つめながら振りかぶる。
ボールをキャッチする瞬間、阿部君は一瞬だけミットをわずかに揺らしたけど……パシンといい音を響かせて、オレの球を受けてくれた。
何球かそれを繰り返し、最後に握手してスカウト訪問は終わりになった。
「今日はお時間をいただきまして、ありがとうございました」
深々と頭を下げる監督に従い、オレも「したっ」って礼をする。
いい感触だったのかどうか、その辺のことはオレには分かんない。オレは投げた余韻で頭の中がほわほわして、監督たちの話も質疑応答も、ろくに聞いてらんなかった。
「三橋君、どう?」
途中、監督に声を掛けられたけど聞いてなくて、「ひゃいっ!?」って返事して笑われたくらいだ。
今まで幾つかのチームを訪問したけど、今回ほど恥をかいたことはなかった。阿部君にも苦笑されてて、余計に気まずくて恥ずかしい。
オレ、投げない方がよかったかも?
でも、阿部君に投げられる機会なんてもう2度とないかも知れないし、やっぱ投げて正解だった?
「三橋君、今日の球、調子よかったね」
帰り際、監督にこそりと誉められたけど、それはきっと阿部君の影響だと思う。
高校からキャッチャーやり始めたゆう君とは違って、阿部君はきっとキャッチャー歴もっと長い。
ボールもミットの芯に当たって、すごくいい音響いてたし。ほんの10球ほど投げただけだけど、すごく気持ちよくて楽しかった。
UFOキャッチャーでどかっと景品が取れるのとは違う、別の意味での爽快。それを阿部君と一緒に経験できたことが、すごく嬉しくてほわほわする。
もっと彼に投げたいなって思った。
一緒に野球したい。一緒に試合して、そんで勝ちたい。彼の構えるミットに投げたい。
ゲーセンでは味わえない気持ちよさを、今度は球場で味わいたい。
好きだ。
ぽつりとその思いが胸に落ち、ああ好きなんだ、って納得する。
初恋もまだだったオレだから、こんな気持ちになるのは初めてで、ひたすら胸の奥がほかほかと暖かい。
その気持ちは夜、阿部君から短いメッセージを貰って、ますます強く大きくなった。
――今日はビックリした。あんた、すげーんだな――
何をすごいって言って貰えてるかは分かんないけど、阿部君も驚いたんだなって、分かって嬉しい。
――オレもビックリした。阿部君も、すごい――
すかさず返事して、ほかほかとケータイを胸に抱く。
自覚したばっかの思いを彼に告げるかどうかは分かんないけど、阿部君に迷惑じゃないなら、このままずっと仲良くしたい。
できたらまたグラウンドで、今度は互いに練習着で、オレの球を受けてくれたらいいなと思った。
(続く)
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