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Season企画小説
欲しいのはキミのぬくもり・5
 それからどのくらい経ったのか、よく分かんない。目が覚めたら、救急車の中だった。
 ピーポーピーポーと鳴り響くうるさいサイレン。白いマスクをした白い服の見知らぬ人が、「お名前言えますか?」って大きな声でオレに尋ねる。
「み……っ」
 三橋廉です、って言おうとしたけどズキンと頭が鋭く痛んで、ぎゅっと目を閉じてしまう。
 なんで頭痛? なんで救急車? なんでこんな、うるさいんだろう?
 眩しい。
 頭、痛い。
「う……」
 唸りながら頭を押さえようと右手を上げると、不意にその手が誰かにガシッと掴まれた。
「レン、名前。言えるか?」
 聞き慣れた大好きな声に、ドキッとする。
「あ、べ君?」
「オレじゃなくて、お前の名前。言えるか?」

 痛みをこらえながら目を開け、視線をゆっくり動かすと、右手の方向に恋人がいるのが分かった。
 真剣な顔でオレを見下ろしてて、喜びがじわじわと胸に満ちて来る。
「み、三橋廉、です」
「今日は何月何日か分かりますか?」
 名前を言うと畳みかけるように、今度はそんな質問をされる。質問したのはマスクの人で、多分救急車の人なんだろうなと思った。
「今日は……」
 一瞬考えを巡らせて、「クリスマス……」ってぼつりと答える。
 答えたことで色んなことを一気に思い出して、そうだ、って思った。それから改めて、なんで救急車なんだろうって不思議に思った。
「三橋さん、シャツ1枚で倒れてたんですよ。何があったか覚えてますか?」
 救急車の人の問いに、「オ、レ……」って呟きながら視線を宙に巡らせる。
 狭くて明るい車内、わずかな震動、ピーポーピーポーと鳴り響くサイレン。時々右に左に重力がかかって、救急車が角を曲がるのが分かる。

「オレ、閉じ込められ、て。か、缶の上に座ってたら、転んで倒しちゃって。な、中身が漏れてるの、気付かなくて、そんで、拭こうとしたんだ、けど……」
 拭こうとしたんだけど、それからどうなったんだっけ?
 セーターに吸わせようとしたのを思い出し、今更のように肩が冷えてるのに気付いて、ぶるっと震える。
「さ、むい……」
 毛布みたいなの被せて貰ってるけど、寒い。救急車の中は、あの倉庫みたいに寒くはないけど、暖かいって訳でもない。
 寒くてたまんない気がして肩を竦めると、握られてた右手にぎゅっと力が込められた。
「寒ぃのは当たり前だ」
「ご、めん」
 責めるような口調に反射的に謝ると、握られてた右手に更にもう片方の手も添えられる。
「なんであんな格好で……」
 そう言って、言葉を詰まらせる阿部君。感情の揺れたような声にハッとしたけど、ガッチリ寝かされてる状態では、阿部君の顔までは見られなかった。

 ただ、オレの手を両手で握って、そこに顔を伏せてるのは分かった。
 泣いてるようにも見えて、罪悪感にそわそわする。
「ごめん……」
 思わず謝ったけど、「いいよ」なんて答えはない。言葉を詰まらせたままの阿部君と、何も言えないままのオレ。救急車の人はテキパキ作業を続けてて、車内はむしろうるさいくらいだったのに、気まずいくらい静かに思えた。
 じきにサイレンがやんで、同時に救急車も停まった。
 足元のドアがカタンと空いて、冷たい空気が入ってくる。
「病院着きましたよ」
 声を掛けられ、うなずく間もなくベッドごと移動させられて、慌ただしく建物の中に連れられる。
 これ、ストレッチャーっていうの、かな?
 もしかして入院、とか? 転んで倒れただけだよ、ね? なのにこんな、救急車とか大袈裟じゃないの、かな?
 ぐるぐる目を回しながら考えてると、いつの間にか阿部君の手が離れてて、右手が寒くて不安になった。

「付き添いの方、ご友人ですか?」
 誰かの問いに、阿部君が沈んだ声で「はい」と答えるのが遠くに聞こえる。
 阿部君がいるのはホッとしたけど、「友人」って言われて肯定されて、そんな場合じゃないのにモヤッとした。
 阿部君は今まで、オレたちの関係を隠してはこなかった。「付き合ってんの?」って訊かれたら肯定してたし、「どういう関係?」って訊かれたら「付き合ってる」って答えてた。
 「ご友人ですか?」って訊かれたら、いつもなら「恋人です」って堂々と訂正してただろう。
 オレとしてはそういうの、気恥ずかしかったし隠してもいいんじゃないかと思ってたけど、堂々と恋人だって紹介されること、やっぱ嬉しいって思ってた。
 変な目で見られたって、別にいいって思ってた。ただの友人だなんて言われるより、よっぽどいい。
 なじられたり「別れろ」って言われたり、敵を作ることはあったけど、それでも後悔してなくて。阿部君との関係、自分の口から否定したくないって思ってた。

 もう阿部君、オレのこと「恋人だ」なんて言いたくなくなっちゃったんだろうか? 恥ずかしいから? 危ないから? 呆れたから? それとも、イヤになったから?
「友達、じゃ……」
 思わずぼそりと呟いたけど、阿部君は側にいなくて。
 血液検査のために、オレの腕にゴムチューブを巻いてた看護師さんは、黙ったまま何も言わなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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