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Season企画小説
欲しいのはキミのぬくもり・4
 真っ暗な中だからか、平衡感覚がなくてすぐにバッとは起きられなかった。
 あれ、と心の中で思いつつ、冷たい床に手をついてのろのろと顔を上げる。腰掛けた一斗缶がずれてたのかな? やっぱ、イスの代わりにしちゃうのまずかった?
 誰も見てないけど失態は失態で、うわぁ、と恥じ入る。阿部君がもしここにいたら、「何やってんだ」って笑われてるかも。
 ……笑われてもいいから、いて欲しい、な。
 一瞬そんな思いが頭に浮かび、寂しさがツキンを胸を刺す。阿部君、心配してるよね? いっぱい電話とかメールとか、オレのケータイにしてるハズ。
 ちゃんと持って来ればよかった。
 ケータイ、どうなったかな? オレの荷物、まだカフェテリアかな? カフェテリアって、何時までだっけ?
 灯りを落としてしんとした営業後のカフェテリアのテーブルで、オレの荷物だけがぽつんと置かれてるのを想像して、ため息がひとつ漏れる。
 もう何時間経っただろう? 後どんくらいここにいなきゃいけないんだろう?
 前向きに前向きにって必死に考えようとするけど、壁1枚のとこに絶望が覗いてて、うずくまったまま立ち上がれない。
 とうに慣れたハズの有機溶媒のニオイが鼻について、なんだか無性に落ち着かない。

 ……寒い。
 体、動かさなきゃ。寒くて空腹でくらくらする。
 目眩がしてるの、このニオイのせいもあるのかも? そんなの使ったこともないから、何がなんだか全く分かってないけど、体に有害なモノもあるかも知れない。
 シンナーみたいなのもあるのかな?
 上に座っちゃヤバかった? っていうか、さっき倒したのもヤバかった、かな?
 ブリキって固そうだし、ビールの缶みたいにすぐ凹んだりしなそうだから大丈夫だと思うけど、ちょっとドキドキハラハラする。
 不安なことはすぐに調べろって阿部君は言うけど、調べるにもケータイがないし、どうにもならない。
 臭い。
 お腹空いた。
 暗い。
 目眩する。
 同じことを何度も繰り返して考えてしまい、ダメだって思うのにどうにもならない。
 あの女子たちのこと、恨みたいのに悪いのは自分だって自覚もあって、どよんと気持ちが落ち込んでいく。

 空腹なのが悪いんだ、と思った。
 ぐるぐる考えちゃってどうしようもない時は、うわーっと大量のご馳走を食べるか、うわーっと走り回るか、とにかく頭をからっぽにする方がいい。
 走れないけど、運動しよう。
 へとへとだけど、ずんずん落ち込むよりマシなハズ。オレ、ちゃんと前向きになれる。大丈夫、大丈夫。
 そうだ、そういえばドアを叩くの忘れてた、かも。そう思って曇りガラスを頼りに1歩踏み出すと――べちゃりと靴が何かを踏んで、そのままずるっと足が滑った。
「うおっ、うわっ」
 思わず悲鳴を上げながら、手をバタつかせてバランスを取る。
 真っ暗だから余計に難しい。何とか惨めに転ばずにはすんだけど、何を踏んでそうなったのか分かんなくて、冷や汗が出る。
 今の、何? さっきまでなかったよ、ね? 何の液?
 確認したいって切実に思ったけど、手さぐりしか手段がなくて、おっかなびっくりしゃがみ込む。
 濡れてた辺りの床に触れると、ぴちゃっと冷たい感覚がして、やっぱり水たまりがあるって分かった。

 もしかして、さっきの一斗缶倒したの、ヤバかったの、かな? 液漏れ? 凹んで穴が空いたとか?
 血の気がざーっと引くのを感じながら、手さぐりで更に床を探る。
 水たまりは思ったより広くて、よく耳を澄ますととっぷんとっぷんと音がしてて、ただでさえ焦ってたのが余計にまたヒドくなった。
 薬品臭い。
 液漏れどころじゃない。
 床に両手をつき、倒した一斗缶を手さぐりで探すと、まもなく床に1個転がってるのが分かって、慌ててそれを持ち上げた。
 さっき女子に言われて持たされたのと違って、随分軽くてギョッとする。
 中身がすごく減ってる。縦に戻した一斗缶の中で、減った中身がちゃぷんと頼りない音を立てる。
 ヤバい、って思った。
 これ、どうするべき? ヤバい。拭かなきゃ。雑巾。ああ、でも、雑巾なんか真っ暗な中じゃ探せないし、ここにあるかも分かんない。
 どうしよう、どうしよう? 服で拭いた方がイイ?
 バッとセーターを脱いで、一瞬迷ったものの床に落とし、不穏な水たまりに滑らせる。
 ひやっと冷たい空気がアンダーシャツ越しに触れたけど、そんなの構ってる場合じゃなかった。「火気厳禁」の赤札が脳裏によみがえり、もはやどうしようってことしか浮かばない。

「誰、か……!」
 あわあわと部屋のドアに向かうと、さっき床に落としたセーターの端を踏んづけて、盛大に滑って転んだ。
 とっさに受け身も取れなくて、背中と頭をガンッと床に打ち付ける。
「……っ!」
 痛みに息が詰まって、声を漏らすこともできなかった。
 痛い。臭い。
 オレ、なんてバカなんだろう。
 ……阿部君。ごめん。

 今更ながらに涙があふれ、顔がくしゃりとみじめさに歪む。
 こんなドジでバカで愚かで間抜けでみっともないオレなんか、確かに阿部君の隣にはふさわしくない。
 けど、それでも好きだって思いはどうしようもなく、て。
 遠くなる意識の中、大好きな彼に今、抱き締めて貰いたいと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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