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Season企画小説
欲しいのはキミのぬくもり・3
 阿部君と恋人として付き合うようになったのは、高校3年の頃だった。
 阿部君はその頃から女子に人気あった。女子に呼び出されて告白されたりするのも珍しくなかったし、手紙とかもいっぱい貰ってた。
 阿部君の練習姿を見ようとして、グラウンドのフェンスの向こうに女子がしょっちゅう来て覗いたりもあったし、阿部君目当てでマネジになりたいって子もいた。
 不純な動機のマネジは迷惑だからって、監督がお断りしてたみたいだけど、それでも食い下がる子はいたみたい。
 キレた阿部君が「練習の邪魔だ!」って怒鳴って、それで見学者は減ったけど、だからって阿部君ガモテなくなった訳じゃなかった。
 そんな肉食女子にうんざりしたっていうのも、オレと付き合い始めた原因の1つかも知れない。
 「お前と一緒だとホッとする」って、あの当時はよく言われた。
「お前の側だと、ありのままのオレでいられる」
 とか。
「お前は虚像で人を見ねーモンな」
 とか。

 オレだって高1の頃は、阿部君を「とんでもなくスゴイ人」みたいに感じてたし、それってつまり、虚像で見てたことになるんじゃないかって思ったけど、今はそうじゃないだろって言われた。
「オレのダメなトコもちゃんと知ってんじゃん」
 複雑そうな笑みを浮かべ、ポンと頭を撫でられて、胸がぎゅんとしたのを覚えてる。始まりは多分そんな感じで、その内いつも一緒にいるのが当たり前になってった。
 阿部君は、オレとの関係を隠そうとはしなかった。
 積極的に吹聴はしないけど、「お前ら付き合ってんの?」って訊かれたら「そーだぜ」って肯定してた。
 どういう関係なのかって訊かれたら「付き合ってる」って堂々と答えてたし、変な目で見られた時は「なんだよ?」って睨み返したりもしてた。
 その内、面と向かっては誰も何も言わなくなったけど、それは多分、阿部君の意志の強さあってのことだろう。
 あと、単純に仲間が多かったっていうのもある。みんな守ってくれてた。相談に乗ってくれる人も、力になってくれる人も、高校時代は多かった。

 今でも大学に仲間がいない訳じゃないけど、みんなの立ち位置的には多分、味方っていうより静観って感じなんじゃないかと思う。
 あからさまに差別的なこと言われないし、侮蔑もされない。無視されたりもないし、中学の時と比べたら、野球するのに何も困ることはない。
 そりゃ、たまに女子から嫌味言われたり冷たくされたりはあったし――今だって、こうして閉じ込められたりしてるけど。阿部君がいてくれるなら、辛い事なんか何もなかった。

 閉じ込められてからどのくらい経ったんだろう? 曇りガラスの向こうはぼんやりと薄明るいけど、光と言えばそんだけで、時間の感覚も分かんない。
 モモ上げも屈伸もストレッチも終え、手さぐりで寝転んで腕立て伏せや腹筋、背筋も50回ぐらいづつやった。
 お陰で体は温まったけど、セーターの下はほんのり汗ばんで、しばらく経つと冷えてくる。
 もしかして朝まで、こうして運動して休んでって繰り返さなきゃいけないのかな? ぐぎゅうう、と情けなく鳴り出した腹を撫で、ため息をついてブリキ缶の上に座る。
 目が見えない時って、他の感覚が敏感になるって聞いたことあったけど、ホントみたい。心臓がどくどくしてるの分かる。手の先も足の先もじんじんして、血が巡ってるのも分かる。
 オレ、生きてる。
 ならきっと、大丈夫。
 はあ、と息を吐き、真っ暗な部屋を見渡す。閉じ込められるくらい別に平気だけど、阿部君に心配かけてるかもって、それだけが不安だった。

「お、腹空いた、なぁ……」
 小声でぼそりと呟いて、真っ暗な中でうつむく。
 チキン、ケーキ、シチューのパイ、駅前のパン屋で見つけたシュトーレン。レタスとコーンとトマトに、ツナ缶を足して作ろうと思ってたサラダ。クリスマス限定の、ツリーの形をしたワイン。
 サンタ、って名前のワインも買った。
 サンタっててっきりサンタさんかと思ったらそうじゃなくて、「サンタじゃねーじゃん」なんて阿部君がツッコみ入れてたの思い出す。
 「ちゃんと確かめて買えよ」って呆れたようにそう言って、でもオレがガックリしてると、よしよしって頭を撫でて慰めてくれた。
 「案外美味ぇかも知んねーぜ」って。「クリスマス、楽しみだな」って。クリスマスイブに何を食べるかわくわくしながら相談したのは、ついこの間のことなのに。
 今夜は、そうして楽しく美味しく暖かな夜を過ごすハズだったのに。
 今頃、シチューのパイ包みも焼けて、乾杯してるハズなのに。なんでこうなったんだろう?
 じわっと涙が浮かぶのをぬぐい、慌ててぶんぶん首を振る。

 お腹空いて寒いから、そんなネガティブな考えになるんだと思った。
 空腹なのはどうしようもないけど、一食抜くくらい別に、ダイエットだと思えば辛くない。さすがに何日もここにはいられないけど、明日になったらきっと、誰かがここを開けるハズ。
 開けなくても、廊下を歩くくらいはするだろう。
 足音が聞こえれば、また扉をドンドンしてもいいし、ずーっとこのままってことにはならないハズ。大丈夫、大丈夫。生きてるし、大丈夫。
 寒いのは、運動しよう。
 マラソンとかできる程広くはないけど、モモ上げとジャンプと屈伸とで十分だし、腕立ても腹筋も背筋もできる。
 真っ暗だけど、別にオレ、暗闇恐怖症とかじゃないし。怖いのは人の悪意の方だから、幽霊だって怖くない。
 その悪意だって、今はひとりだから、誰かから向けられることもない。
 なら大丈夫。
 よし、立ってモモ上げやろう。50回……いや、30、くらい。

 頭の中で修正をかけつつ、ガッツのない自分に苦笑する。
 阿部君ならどうするか、な?
 そんなことを考えながら立とうとした時――ふいに目眩がして、座ってたブリキ缶ごと固い床に倒れ込んだ。

(続く)

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