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Season企画小説
欲しいのはキミのぬくもり・2
 慌てて抱えてた一斗缶を下ろし、真っ暗な中を手さぐりしながらドアに向かう。
 曇りガラスからわずかに廊下の灯りが見えて、そこがドアだっていうのは分かった。でも、押し開こうとしたドアはびくともしなくて、代わりに外から笑い声が聞こえた。
「頭を冷やして反省しな」
「メリークリスマス! みじめなイブをどーぞ」
 きゃはは、と甲高い笑い声が、靴音と共に遠ざかる。
「まっ、待って!」
 ドン、と扉を叩いたけど、彼女達が戻って来てくれる様子はない。
 鍵って外からしか開かないのかな? あわあわしながらドアノブを探すけど、平べったい取っ手みたいなのはあるものの、鍵はない。鍵穴も多分ない。
 何か、明かり……そうだ、ケータイ。とっさに思いついたけど、そういえばケータイはコートのポケットに入ったままで、持って来てなかった。
 財布だけ持ってても仕方ないのに、なんでオレ、あの時ケータイ持って来なかったんだろう?
 というか、なんでコート持って来なかったんだろう? 一瞬どうしようか迷ったのに。迷わず持ってくれば良かった。ホントにオレ、イヤになるくらいドン臭い。

 自分でもそう思うんだから、嫌われるんだろうか。
 ドンドン、ドンドン。鉄の扉を叩いて、誰か来てくれないかって思うけど、手が痛くなるだけで効果はなさそう。
「誰か……!」
 上げかけた大声が、自信と共にしおしおと萎む。
 ……寒い。
 火気厳禁の倉庫、冬休み直前のこんな場所に用がある人はそういないみたいで、廊下に足音も響かない。
 ドアにハマった曇りガラスだけが、この部屋の唯一の光源だ。じきに暗闇に慣れて、幾つのもブリキ缶の山が目に入るようになったけど、だからってこの状況が改善することはなさそうだった。
 ドンドン、ドンドンドン。時々思い出したようにドアを叩き、助けを求めて音を出す。
 それからドアに耳をつけ、足音が聞こえないか期待して待つ。
 ……寒い。
 床に座り込むお尻からじわじわ冷気が上がって来て、底冷えして余計に寒い。吐く息はよく見えないけど、やっぱり白い気がして、冬だなぁと思った。

 オレの荷物、どうなっただろう? あのままカフェテリアにあるのかな? カフェテリアって、何時までだっけ? 阿部君、気付いてくれるかな?
 大好きな恋人の顔を思い出し、心配させるかもって焦燥にかられる。
 そろそろ彼との待ち合わせの時間だ。5時に校門前でって言ってたのに、どうしよう? 待ち合わせに現われないオレのこと、阿部君はどう思うだろう? 怒る? 電話してくれる? 探してくれるかな?
 いや、合理主義な彼のことだから、「先行くぞ」ってメールして、そのまま夜まで過ごすかも。
 カフェテリアで時間潰すこと、阿部君には言ってない。電話に出られない状況だって、電車に乗ってるとか電源切れたとかいくらでもありそうだし、まさか閉じ込められてるなんて考えない。
 さすがに夜中になれば、変だなって気付くかな?
 まさか、オレの事なんか気にしないとか、そういうのはないと思うけど。寒くて頭が痛くなって、ちゃんと考えを巡らせられる気がしなかった。

「はあ……さ、むい……」
 ぶるぶると筋肉が震え、熱を作ろうとしてるのが分かる。
 すくっと立ち上がり、暗闇の中でモモ上げすると、少しマシになる気がする。タッタッタッタと足音が響くと外の足音が聞こえないって一瞬思ったけど、寒さにはもう耐えられない。
 20、30、40、50……100を数えたところで足を止めると、はあ、と熱い吐息が漏れた。
 寒いならやっぱ、運動だなって思う。
 オレ、大丈夫。動揺してない。きっとこのまま一晩過ごせる。もし女の子だったら辛いかもだけど、オレ、男だし。大丈夫。
 大丈夫って思えば思う程涙が滲むのは不思議だったけど、泣いたってどうにもならないし、意味がない。
 阿部君に心配かけそうなのは申し訳ないけど、騙されたオレが悪いんだから、怒られたって仕方ない。
 呆れられたり見捨てられたりしたら、そりゃ悲しいだろうけど……そこまで彼のこと、信じてないって訳じゃなかった。

 大丈夫、大丈夫。頭の中でそれだけを繰り返し、そろそろと床にうずくまる。
 床とブリキ缶と、どっちがマシだろう? 金属だし、缶の方が冷たい、か? ブリキって、成分なんなんだろう?
 くだらないことを考えながら、きゅうっと音を立て始めた腹をさする。カフェテリアで何か食べればよかった。冷蔵庫にチキン、買ってあったのに、な。
 ああ、ケーキ、取りに行かなくちゃ……。
 ケータイがないと、阿部君に「受け取りに行って」って電話することもできない。作ろうと思ってたシチューのパイ包みも、チンするだけだった骨付きチキンの照り焼きも、食べられないなぁと思うとちょっと悲しい。
『みじめなクリスマスイブを』
 笑い声と共に言われたセリフを思い出し、今更のようにグサッとなった。

 ホントにみじめだなぁと思う。そこまでオレ、嫌われてたのかな?
 阿部君の隣を誰にも譲る気はないんだし、それを面白く思わない人が大勢いるのは分かってる。それでもどうしても譲れないし、譲ろうと思えないんだから、非難されるのは覚悟の上、だ。
 中学の時にマウンド譲らなかった時よりも、もっと強い覚悟と意地。
 泣いてダダこねるだけじゃない。引っ張られても叩かれても、絶対にしがみついてみせる。阿部君が迷惑じゃなかったら、だけど……。
 ズキンと胸が痛む気がして、ぶんぶん首を振って立ち上がる。モモ上げ20回、屈伸20回。それから思い出したようにストレッチして、腕や足の腱を慎重に伸ばす。
 もし今阿部君がこのドアを開けてくれたら――いつも通りの笑みを浮かべて、何事もなかったように、「寒かった」って笑えたらいいなと思った。

(続く)

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