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Season企画小説
欲しいのはキミのぬくもり・1 (2019クリスマス・大学生・シリアス)
 それは12月24日、冬休み直前の、夕暮れのカフェテリアでのことだった。
「三橋君、ちょっと来て」
 数人連れの見覚えのある女子から声を掛けられ、正直言うとほんのちょっと警戒した。なんでかって言うと、前にじろっと睨まれたことがあるからだ。
 中学の頃に野球部で色々あって以来、人の悪意には結構敏感だっていう自覚ある。
 相手がオレのこと嫌ってるかどうかは、目とか態度とか口調とか、そういうので大体分かる。彼女も彼女の友達も、オレのこときっと嫌ってる。
 だからその、オレを嫌ってるだろう彼女に「ちょっと来て」って言われて、何か裏があるんじゃないかって正直思った。ひと気のないトコに連れて行かれて罵詈雑言聞かされるとか、壁を蹴って脅されるとか……。
 そういうのは中学の時に一通り経験したから、その怖さは身に浸みて分かってる。
 怪我をすることはなくても、心がズタズタになることはある。
 オレだって、ズタズタにされるって分かってて、のこのこついて行くほどバカじゃない。けど、「荷物運びくらいできるでしょ」って上から目線で言われて、ああ成程ってホッとした。
 つまり、気に入らないオレをパシリにしようってことなんだ、って。

 理不尽にパシリにされるのはイヤだし、それだって心が痛いけど、囲まれて罵詈雑言浴びせられるよりはマシだ。
 カツアゲされたり、高価な物買わされたりは困るけど、それはさすがに犯罪だし、そうなったら学校に相談してもイイ。
 相談って考えてパッと頭に恋人の顔が浮かんだけど、彼に心配かけたくないから、できるなら最後の手段にしたい。それに、彼女達に嫌われてる原因は、多分その恋人だし。
 格好良くて頭もよくてスポーツ万能でクールで硬派で、男女ともに人気が高い阿部君――阿部隆也。その阿部君を恋人って立場で独占してるオレのこと、気に食わないって思う人が多いにも仕方ない。
 「なんでアンタなんか」とか、「取り柄もない癖に」とか、面と向かって言われたこともある。
 「自分から身を引け」って言われたこともある。
 男同士で付き合ってるのが気持ち悪いとか、そんな蔑み方をあからさまにする人はいないけど、でも「あの彼がなんでこんなヤツなんかと」って言われることは多い。
 オレも阿部君も別に、男が好きって訳じゃないし性的マイノリティでもないんだけど、だから余計にそんな風に思われてるみたい。
 けど、オレだってそういうみんなのこと、責められない。
 阿部君の恋人として認められないのは辛いけど、それでも自分から別れようなんてこれっぽっちも思ってないんだから、非難は甘んじて受けるべきだと思ってた。

 カフェテリアから連れ出される時に、コートを着てくべきか迷った。
 カフェテリアの中は勿論、廊下も階段も、校舎内なら暖かい。だからコートも脱ぎっぱなしで、隣のイスにカバンと一緒に丸めてた。
 彼女の言う荷物運びが、校舎内か校舎外かで、コートがいるかいらないかも変わる。校舎内なら暑くて逆に邪魔になるし、でも校舎から外に出るなら寒いし、どうしよう?
 そう思ってあわあわと迷ってると、「早くしなさいよ、グズ」って罵られた。
 グズって罵られるとグサッとくるけど、ホントのことだから仕方ない。ドン臭いのは自覚あるし、それは阿部君にも時々注意されることだ。
「こ、こ、コート」
 恐縮しながらコートと彼女とをキョドキョドと見比べてると、「どっちでもいいわよ!」って強く言われて、ビクッとする。
 じろっと睨まれると、やっぱり怖い。舌打ちされるのも怖い。
「こっち」
 アゴで行先を示され、コートを持たないままカフェテリアを後にする。
 荷物も置きっぱなしなのは気になったけど、財布は持ってるし、人目もあるし大丈夫、だよね?

 廊下に出るとほんの少し気温が下がったけど、やっぱりコートを羽織る程じゃない。
 カツカツと靴音を響かせ、廊下を早足で歩く彼女たち。くすくすきゃっきゃと笑いつつ、オレの方を時々冷たい目でちらちら見るのは、悪口言ってるからだろうか。
「あ、の、どっ、どこまで行く、の……?」
 びくびくしながら尋ねると、「すぐよ」って女子の誰かが言った。その口調も冷たいし、オレを射抜くような眼差しも冷たい。
 悪意にはそれなりに敏感だって意識はあるから、一体何をどんだけ運ばされることになるのかと、無理難題の気配にビクッとした。
 しんとひと気のない廊下を歩き、同じくひと気のない階段を降りる。途中、渡り廊下で隣の校舎に移ったけど、窓も閉まってたし寒くはなかった。
 寒かったのは、「ここよ」って彼女達が立ち止まった扉の前だ。
 寒いのも道理で、「火気厳禁」って赤札がデカデカと貼られてる。誰かがドアの横のスイッチをパチリと押すと、曇りガラスの向こうに灯りが点いた。

 重そうな金属製のドアを開けると、中にはブリキっぽい一斗缶がずらっと積まれて並んでる。ぷんと鼻をつく薬品のニオイ。「火気厳禁」なのは、薬品がいっぱいあるから、か? 何の薬品だろう?
 それぞれラベルが貼ってあるものの、何が何やら分からない。オレは文系だから馴染みがないけど、理系の阿部君なら分かるのかも?
 阿部君も、こういうとこに入ったりするのかな?
 ぼうっと考えながら中に入り、狭い室内をぐるっと見回す。運ぶって、この一斗缶? 幾つ? まさか全部じゃない、よね?
 隅に台車を見つけて歩み寄ると、女子の1人が「それ」って一斗缶の山の一角を指差した。
「こ、れ?」
「そう、クロロホルム。持って」
 指図されるまま一斗缶を1個抱えると、思ったより重くて「うおっ」ってなった。水より重いかも? っていうか、部活で抱える米俵より重い、か? それ程でもない、かな?
「よ、いしょ」
 声を上げながら一斗缶を抱え上げ、部屋の入り口を振り返る。
 それと同時にバッタンと重い音を立ててドアが閉まり、パッと部屋の灯りが消えて、闇の中に包まれた。

(続く)

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