Season企画小説
手のひらサイズのプレゼント・5 (終)
家に帰ると、予想通りケーキがあった。
「お誕生日、おめでとー」
わぁ、と上がる家族からの歓声、ぱちぱちと鳴る拍手。ただし、なんでかみんな手乗りレンを囲んでる。
今日が誕生日なのはレンじゃなくてオレだ。息子だ。まあこの年になって誕生日パーティもねーだろうとは思うけど、手乗りレンのおまけ扱いされんのは納得がいかねぇ。
手乗りレンも、うちの両親や弟に食い気味に迫られてキョドってる。はくはくと口を開けて何かを言おうとしてるけど、「う」とか「うお」とかさえ言えてなくて、ビビリ具合がハンパねぇ。
また、その様子が可愛いからダメだ。
「可愛い!」
目も口もハート型にして、母親がオレの手のひらの上から手乗りレンをひったくる。誕生日っつったら、何かくれるもんなんじゃなかったっけ。逆に奪われてんだけど。
諦めて手を洗い、テーブルの前に座る。
ダイニングテーブルの上にはケーキの他、骨付き唐揚げとか頭付きのエビチリ、わさっと揚げられたオニオンフライや一口大の山盛りハンバーグとか、いつもより豪華に盛り付けられた大量のメシがあった。
厚切りのハムやチーズはハートや星形に型抜きされて並んでるし、サラダも何つーかシャレた感じで、母親の気合の入り方がスゲェ。
食えりゃ別に何でもいーし文句なんかねーけど、手乗りレンのためにってのがモロ分かりで複雑だ。
そういや普通サイズの三橋がうちに来た時も、母親はいそいそと餌付けしようとしてたっけ。そう考えると、これもいつも通りのことかも。
「レン君、エビ食べる?」
「おいさんが剥いてやろうか」
ちやほやと手乗りレンに構う両親を冷たく見つめ、骨付き唐揚げにがぶりと食いつく。
「オレもオレも」
って、1口サイズのサンドイッチを手乗りレンに差し出す弟。
オレらにとっては1口サイズのサンドイッチもハンバーグも、手乗りレンにとっては大きくて、それにもっくもっく齧りついてる様子が、また可愛過ぎて困った。
手乗りレンはホントに可愛い。
ホールケーキにわーいって感じで駆け寄って、オレを振り返ってにへっと笑うのが可愛い。ろうそくに親父が火ィつけると、デカい目をキラキラにして喜んでて可愛い。
部活の後で行ったファミレスでもケーキ貢がれて食ってたくせに。まだ空気なんだろうか。甘いモンは別腹か? っつーか、ちっこいくせによく食うよな。
「はー、可愛い……見飽きないわぁ……」
テーブルにヒジを突き、母親がうっとりと手乗りレンを見つめる。
「家に置いとけばいいのに、タカったら勝手に学校に連れてっちゃって。迷子になったらどうするの?」
ぐちぐちと文句言われたけど、手乗りレンはオレのだし、三橋だって学校に行かなきゃいけねーんだから、連れてくのは当然だろう。
離れたのは部活ん時だけだし、迷子になんかなりようがねぇ。っつーか、ベンチでボールとたわむれるレンは、最高に可愛かったんだからあれで正解だったと思う。
短い手足でよいしょよいしょとストレッチしてんのも可愛かったし、疲れてベンチで居眠りしてんのも可愛かった。
さすがに試合前にそんな感じじゃ困るけど、もう12月で対外試合は禁止だし、ケガ防止でボールにだってあんま触れねーんだから、そんなに不都合はねぇだろう。
「いっそ冬の間、このままでもいーな」
ニヤニヤと笑いながら、テーブルの上の手乗りレンのぷくぷくの頬を指先でつつく。
生クリームまみれになりつつ、ケーキのカタマリにむさぼりついてた手乗りレンは、いやーん、とでも言いたげにオレの指を避けてたけど、ちっとも避けれてなくてぷくぷくで、もう何かヤベェくらい可愛かった。罪深い。
寝る時だって、当然オレと一緒に寝た。
両親や弟からはズルいズルいと喚かれたけど、今日はオレの誕生日だし手乗りレンはオレのだから、ズルいなんてことは有り得ねぇ。
「レン、大好きだぜ」
ニヤリと笑って手乗りレンに顔を寄せ、ぷくぷくのレンの頬にキスをする。
レンはオレの手のひらの上でびょんと飛び上がり、はくはくと口を開け閉めして、それからクワーッと真っ赤になった。
頭の先まで赤くなってんのが可愛い。
デカい目がキョドリを通り越してくるくる回ってて、それも可愛い。
ちっこいくせに一丁前に照れてんのか? 混乱してんのか? まあどっちでもいいけど、犯罪級に可愛いのは確かだ。さすがに雄叫び上げたりはしねーけど、顔が緩んで仕方ねぇ。
「さあ、寝るぞ」
手乗りレンを布団に入れ、オレも一緒に横たわる。
今日は今まで生きてきた中で、最高にいい誕生日だった。夢みてーだ。いや夢かも知れねーけど、どうでもいい。
この夢がずっと続けばいいのになと思った。
目を覚ますと、朝だった。
よく寝た、と思いつつ起き上がり、くわぁと伸びをする。そしたら間近から「ふおお」ってデカい声がして、ギョッと振り向くと巨大な三橋がいたんでビックリした。
「う、う、動いた」
巨大サイズの三橋はわたわたと動き、激しい動きで上下左右に視線を移して、それから再びオレを見た。
サイズが変わってもやることはいつもと同じで、なんだかおかしい。
手乗りレンも手に乗らねぇレンも、どっちも同じだ。
ただ、高1男子としては、もうちょっと落ち着いてもいーんじゃねーだろうか。
ため息をつきつつ冷やかに三橋を見て、ベッドからむくっと立ち上がる。ここが自分ちの自分のベッドじゃねぇって、気付いたのはその時だった。
オレんちじゃねぇっつーか、天井が無茶苦茶高ぇ。そんで、どこの球場だってくらい部屋が広い。
なんでだ? 巨人サイズだからか? 夢か?
夢だろうなって自覚があんのは明晰夢だったか。そういや昨日も同じこと思った気がするけど、あれもやっぱ夢だったのか?
「か、か、可愛い……」
頭上から落ちてくる三橋の声にぎょっと上を見上げると、巨大な手のひらが左右から迫って来て、逃げる間もなくすいくい上げられた。
その拍子にこてんと後ろに倒れ、自分のちっこい手足が視界に入る。よく見ると西浦のユニフォームを着てて、ちっこいスパイク履いてるみてーで、自分でも意味が分かんなかった。
もしかして、背中には2番のゼッケンが貼られてたりするんだろうか?
……三橋が巨大サイズじゃなくて、オレが手のひらサイズなのか? そんなことって起きるのか?
オレを乱暴にてのひらに乗せた三橋は、「ふおおーっ!」とデカい声で奇声を上げ、「ちっちゃいいい」って悶えた。
ちっちゃいって言われるとビミョーだ。手のひらに乗せられたまま悶えられると、ぶんぶん振り回されて気持ちワリー。
「あべっ、あっ、阿部君、なんでちっこくなった、の? 誕生日、だか、ら?」
「は?」
唐突な問いは意味不明過ぎて、さすがに理解できなかった。っつーか、誕生日は昨日だよな? いや、あれが夢だったとすると、昨日じゃねーんだろうか?
こういう仮定ばっかの話は不毛過ぎて苦手だ。夢がどうとかの、スピリチュアル系の話も苦手だ。
「たっ、たっ、誕生日、おめで、とう。好き」
三橋がドモリながら言って、オレの頬にちゅっとキスする。
好きって何だ。そんなツッコミが浮かぶより早く、心臓がドキンと跳ね上がる。
その「好き」は一体、どういう意味での好きなんだろう? 可愛くて好き? 捕手として好き? 捕手としてじゃなくても好きか? オレは――。
――大好きだぜ。
昨日寝る前、手乗りレンに告げた自分の言葉を思い出し、じわじわと顔を熱くする。
「うへっ」って照れながら、オレの頬を指先でつつく三橋が可愛い。巨大サイズだけど可愛い。締まりのねぇ変顔なのに可愛い。
生意気。ぼそりと呟いたけど、それは声になんなくて、三橋の耳には届かねぇ。
そういや昨日、手乗りレンの言葉って聞いてねーな。はくはく口を開け閉めしてるだけで声を出せねーの、三橋にとってはいつものことだから不思議じゃなかった。
じゃあ、オレが何を言ったって三橋の耳には届かねーんだろうか? 好きだって言っても?
言ってやろうかっていたずら心がむくむくと湧き上がる。けど言っても伝わらねーのは寂しい気もする。
伝わらねーのは、イヤだ。
ちゃんと伝えてぇ。可愛いって、好きだって。手のひらサイズでも普通サイズでも、巨大サイズでもお前はお前で、お前自身が好きなんだ、って。
「オレも好きだぜ、レン」
ぼそりと言って、目の前に迫る巨大サイズのレンの顔にびょんっと飛び付く。
巨大サイズのレンの唇は、やっぱすげー巨大だったけど……そこにちゅっとキスすると、一瞬でぼんっと小さくなって、普通サイズに戻ってよかった。
「ふえっ?」
デカい目を見開いて、フリーズする普通サイズの三橋が可愛い。
床に押し倒してもっかいキスすると、その肩がまたビクッと震えたけど、いやいやと首を振ったりはしてなかったから、イヤじゃねーんだよなと思った。
(終)
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