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Season企画小説
夢幻・7 (終)
 アトリエに籠ったり、時々うちの会社に来たり。思うままに過ごしながら、三橋は着実に若社長からの依頼の絵を仕上げて行った。
 以前、あのデカい森の絵に何ヶ月も手こずったのを考えると、なかなかの早さだ。ノリノリで描けたっつーのも大きいんだろうか。
 キャンパスをひたすら塗りつぶすこともなく、アトリエでブリッジすることもねぇ。勿論、半裸でボディペインティングして気を紛らわすこともなくて、ビックリするくらい順調だった。
「阿部君、と、一緒だから、だよー」
 そんな可愛いことを言ってくれる恋人は可愛いが、ホントかどうかは分かんねぇ。
 ただ、絵の具のニオイに満ちた社長室で目が合うたび、にへっと笑ってくれるのが可愛かったのは確かだった。
 互いにそれぞれ仕事中ではあるけど、恋人のいる職場っつーのも新鮮でイイ。
「仕事する阿部君、格好いい、ね」
 可愛く恥らいながらそんな風に口説かれると、やっぱ嬉しい。
 職場の女たちが三橋にやたら餌付けしようとすんのは気に食わねーけど、ケーキやマカロンを頬張りながら、にこにこ顔で手を振られると、怒るに怒れねぇ。つーか、「食うな!」って言えねぇ。
 三橋がいるだけで職場の空気が和やかになるのは確かだし、オレも三橋と一緒なのは嬉しいから、まあ悪い気はしなかった。

 若社長がいつも以上に仕事熱心になってたのも、思わぬ副産物の1つだ。
 社長のデスクにどっしりと座り、書類の確認をしたりノーパソを手早く操ったり。オレら秘書にテキパキと指示を出す様子を、三橋が見てぇって言ったからだ。
「王様なすごい榛名さん、見たい」
 って。
「ええー、肖像画のモデルって、動いちゃいけねーんじゃねーの?」
 そんな、仕事中の社会人にあるまじきことを言ってたけど、プロの画家である三橋に「だいじょぶ、です」とか言われると、じっと座ってばっかでもいられねぇらしい。
「じゃあ、格好いいとこ描いて貰わねーとな」
 自信たっぷりにニヤッと笑い、張り切って仕事をこなす様子は、オレら秘書から見ても頼もしい。
「いつもこうだといいのにね」
 先輩秘書が苦笑しながらぼやいてて、ちょっと笑えた。

 そうして仕上がった肖像画は、一見普通の肖像画だった。
 背景が黒に近い濃紺で、その縁が夕焼けに滲むようにオレンジに変わってたけど、ハロウィンらしさっつーとそのオレンジ色くらいで、ジャック・オー・ランタンもなければガイコツもねぇ。狼男もいなかった。
 けどじっくりと見りゃ、なるほどハロウィンだなって思わずにはいられなかった。
「これ……吸血鬼……?」
 絵を覗いた同僚がぼそりと呟くのを聞きながら、中央に描かれた若社長の顔を見る。
 鈍い金と深い赤の豪華なイスにどっかりと座る若社長。腕組みして右手を軽く口元に当てた若社長の顔は自信に満ちた黒い笑みを浮かべてて――その様子が、何つーか、タチの悪ぃ吸血鬼の親玉に見えて仕方なかった。
 笑ってる割りに、その顔に生気がねーからだろうか。
 それとも、闇色の瞳が怪しく光ってるからか? ニヤリと笑ってるだけなのに、その唇の端に不可視の牙が見える。
 また、若社長の背後に、オレら秘書が陰気に立ってんのも意味深だ。
 笑みを浮かべる若社長に対し、背後にゆらりと立ってるオレら秘書の顔には笑みがねぇ。オレを含めて、やっぱ全員に生気がなくて、ただ眼光だけが鋭い。夢幻の世界の住人だ。
「うわ、邪悪そー!」
 誰かが乾いた笑い声を上げたけど、ホントにそんな感じだと思った。

 あからさまなハロウィンでもねーし、邪悪そうだったけど、若社長は三橋のその絵が大いに気に入ったらしい。
 さっそくその絵を額縁に入れて、社ビルの1階の受付付近に飾っとくように指示してた。ハロウィンまでの短期間だけど、誰にも見える位置にその絵をお披露目するんだとか。
 ハロウィンが終わったら、社長室に飾るんだろうか。それとも、自分ちに持って帰るつもりだろうか。
「肖像画描いて貰うのって、結構いいな」
 満足そうに笑いながら絵を見つめる若社長に、「ですね」と静かに同意する。
 オレも三橋に肖像画を渡された時は、言葉にできねーくらいの感動があった。あん時は有限であることを悟った直後だったから、余計に終わらせたくねぇって思ったっけ。
 あん時貰った肖像画は、三橋んちに押しかけ同棲するようになった今も、まだオレの手元にある。
 リンドウを抱えて爽やかに笑うオレも、吸血鬼王の後ろで睨みを利かせて控えるオレも、どっちも同じく、三橋から見たオレなんだろう。
 三橋の考えてることは未だによく分かんねーし、見てる風景が同じとも思えねーけど、あの白く細い腕が生み出す世界は、オレを魅了してやまなかった。

 若社長に絵を納品し、さくっと帰っちまった三橋を、仕事しながら愛しく思う。
 帰りに甘いモンでも買って、今頃はひとりで食べてるだろうか。
 仕事を終えたアトリエで、ぼうっと過ごしてるだろうか。
 また芸術的な料理を作って、キッチンの流しやコンロ周りをぐちゃぐちゃにしてやしねーだろうか。
 それとも……藍色と白に塗り分けられた、あのもう1枚の絵を仕上げてるだろうか。
「こら、タカヤ。仕事中にニヤニヤすんな、スケベ」
 若社長にイヤミな口調で注意され、慌てて顔を引き締める。
 若社長の斜め後ろに控えつつ、会議室に向かう途中だったから、ツッコミは敢えて口にしねぇ。

「これは、タマゴ、だよ」
 セックスの最中に突然描きたくなった絵が、オレらのタマゴだって聞かされりゃ口元も緩むし。
「じゃあ、もっと仕込まねーとな」
 そう言って容赦なく襲い掛かったその夜のオレは、確かに狼に違いなかった。

   (終)

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あきゅろす。
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