Season企画小説
夢幻・6
会議への付き添いを終えて戻ってくると、三橋はまだ秘書室にいて、同僚たちに餌付けされてた。
「三橋君、サンドイッチ美味しい?」
「おやつにケーキもあるよ」
なんでか受付の女も秘書室に来てて、きゃいきゃいと三橋を囲んでる。仕事しろよと思ったけど、そういやもう昼メシ時だ。
昼は三橋と一緒にどっかで食おうと思ってたのに。
そういや以前、三橋がホールで絵を描いてた時も、女たちに餌付けされててモヤついたもんだった。
あん時はまだ付き合ってもなかったし、それに文句を言える筋合いじゃなかったけど、今は恋人だし、割り込んでもいいだろう。
けど、そう思ってんのはオレだけだったみてーだ。
「おい、メシ食いに行くぞ」
三橋の腕をぐいっと掴んで誘うと、「ええーっ」って大ブーイングが沸き起こった。
「もう食べてるのにー」
「邪魔ですよー?」
口々に女たちに言われてムカッとする。更にムカつくのは、三橋本人もこくこくうなずいてることだ。
「さ、サンドイッチ、唐揚げ」
女たちからの貢物を両手に持ち、オレに見せつけて来る三橋。
絵のことと食い物のことしか考えてねーようなヤツなのに、なんでこんなのが女にモテんのか分かんねぇ。無害っぽいからか? それともペット扱いか?
いや、まあ、三橋の魅力はオレだって勿論分かってるし、単なる天然で天才な画家ってだけじゃねートコもあるし、可愛いのも十分知ってるけど、それはそれでこれはこれだ。
キレーに盛り付けしてくれるらしいオシャレなレストランとか、芸術的な盛り付けのラーメン屋とか、連れてったら喜ぶかなと考えてた分、イラッとする。
住所が同じだし、オレと三橋が同棲してんのは調べなくても分かるハズ。その上でオレを邪険にするんだからタチ悪ぃ。
「いつも三橋君のこと独占してるくせにー」
「束縛キツイと嫌われますよー?」
からかい半分で文句を言う女たちに、同僚の他の秘書たちもうんうんうなずいてて、「はあ?」としか言いようがなかった。
「阿部さんにいじめられてないですか?」
わざとらしく三橋に訊く、同僚秘書にムカッとする。
「強引に迫られたり」
「襲われたり」
便乗して妙なことを口にする面々に、「おい」とツッコミを入れるオレ。
三橋はにへにへ笑いつつ「阿部君、優しい」とか言ってくれてたけど――。
「あ、でも、昨日アトリエで襲われ……っ」
そんなことを口走り、ぼんっと赤くなったもんだから、更にオレの立場が悪くなった。
オレの職場にデカい爆弾を落としたまま、三橋は女たちに囲まれてケーキを食って、それから機嫌よく帰ってった。
オレも一緒に早退してぇ気分だったけど、さすがに若社長もそこまでは優しくねぇようだ。
「野獣タカヤ、データまとめといて」
妙な呼称付きで仕事を振られ、「やめて下さい」と力なく応じてパソコンに向かう。
そもそもアトリエでああなったのは三橋が原因だったけど、そういう深い事情まで説明するとか有り得ねーし、世の中には口答えしねー方がいいこともある。
「ハロウィンじゃなくても狼男」
「仮装なくてもオオカミ」
「ナチュラルに野獣」
同僚たちにニヤニヤ笑いながらからかわれてムカッとしたけど、帰ってから三橋にどんなお仕置きしてやろうかと考えて気を散らして、その場は何とか乗り切った。
家に帰ると、リビングダイニングは真っ暗だった。代わりにアトリエから明るい光が漏れてて、三橋がそこにいると分かる。
「ただいま」
ネクタイをほどきながらアトリエを覗くと、三橋はさっそくキャンバスに向かってて、注文に取りかかり始めてた。
昨日の夜、ベッドから抜け出して描いてた絵とはまた違う、もっと深い闇の青。それを背景に、グレーで漠然と描かれてんのは、若社長の姿だろうか。
絵筆を握り、ぺたぺたと絵具を乗せてく姿は見慣れた画家のもので、かなり集中してると分かる。
こういう時に話しかける程、オレも無神経じゃねぇつもりだ。
何より、いつもふわふわしてるコイツが時々見せる画家の顔は、嫌いじゃねぇ。
闇色とグレーとだけで塗られたキャンバス、そして昨日の夜に描きかけてそのままにしてある藍色と白のキャンバス……。未完成の2つをちらりと眺め、静かにアトリエを後にする。
メシを作んのは好きなハズの三橋だけど、今は絵を描くのに夢中で、それに思い到らねぇらしい。それならそれで、オレがメシを作って待っててやるだけだ。
スーツから部屋着に着替え、手を洗って冷蔵庫の中を覗く。
オレは三橋と違って、芸術的なオムレツとか前衛的な天ぷらとかは作れねーけど、野菜と肉を適当に切って炒めて味付けするくらいはできるし、無洗米を炊くこともできる。
適当な量のオリーブオイルを熱し、適当に切った野菜と肉をじゅうじゅうと炒めてると、やがて火を消した頃に、三橋がアトリエからひょっこりと顔を出して来た。
「お帰りー」
今頃その返事かよ、と苦笑しつつ、「おー」とうなずいて肉野菜炒めを皿に盛る。
「イイ匂い」
「そーか?」
盛り付けとか彩りとか、何も考えずにドサッと皿に盛った料理を、「ふおお」って見つめる恋人が可愛い。
「スープも、欲しい」
そんな風に遠慮なく、おねだりしてくるとこも可愛い。
「じゃあ作っとくから、その間に手ぇ洗えよ」
オレの言葉に「うんっ」とうなずき、タタッとアトリエに駆けてく三橋。そっちは手ぇ洗うトコじゃねーだろと思ったけど、不可解な行動は今更だし、次に何するか分かんねートコも好きなんだから、仕方ねぇ。
冷蔵庫からワカメを取り出し、水で戻してぶつ切りにする。
芸術なんかよく分かんねーオレだけど、それでもこうしてメシを作ってやることで、絵のサポートになるんなら十分だと思った。
(続く)
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