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Season企画小説
夢幻・5
 若社長とのアポは取れてたので、翌日さっそく三橋を連れて出社した。
 三橋の荷物は、クロッキー帳と筆記用具の入ったデカい布バックが1つだけ。こんな外出時にもクロッキー帳を持ってくとこは、さすが画家ってことなんだろうか。
 今回はオレがついてるから、財布もケータイも確認済みだ。
 出社時に合わせると朝から少々慌ただしいけど、若社長のスケジュール上、ゆっくり面談できんのが朝しかなかったんだから仕方ねぇ。
 三橋とゆっくり面談して肖像画の話を詰めた後は、会議、会食、報告会……と、夜まで予定がビッシリだ。
 秘書であるオレの予定も当然それに左右されるから、以前三橋の付き添いだけを任されてた時とは状況が違う。一緒に会社に着いたものの、そこからずっと一緒にいる訳にもいかなかった。
 まだ受付もいねぇ時間だから、三橋の訪問者証も貰えねぇ。
 けど本人は、そういうのあんま気にしてねぇようだ。
「オレ、ここで待つ」
 吹き抜けのロビーの真ん中に立ち、自分の描いた絵を見上げる三橋。
 ビルの中に森を、っつーコンセプトで描かれたその絵は、以前ここに重機や足場を持ち込んで、ここで描かれた大作だった。

「イスもあるんだし、座っとけよ?」
 オレの言葉に「うん」と返事しつつ、三橋は突っ立ったままでぽうっと絵を見上げてる。きっとオレの言葉もホントには耳に入ってねーんだろう。すぐ後ろに来客用のスツールがあんのにも気付いてねぇに違いねぇ。
 やれやれとため息をつき、恋人を放置してエレベーターに乗り込む。
 秘書課のドアをくぐり、引き継ぎ業務を確認しながらあれこれ仕事を進めてると、やがて若社長が当の三橋を連れて来た。
 三橋の首には訪問者証が掛かってなくて、おい、と思ったのはきっとオレだけじゃねーだろう。
「これ、三橋。画家なのみんな知ってるよな」
 若社長のそんな雑な紹介を聞きつつ、同僚に目線だけで合図して秘書室を飛び出し受付に向かう。やっぱ三橋は受付を済ませてねぇままで、名前も訪問の理由も連絡先も、全部オレが記入した。
 訪問者証には種類がある。「訪問者証」って書かれただけの同じプラのプレートだけど、色で顧客か業者かみてーなのが分かるヤツには分かる仕組みだ。
 三橋は若社長じきじきの客だから、VIP用のヤツを頼んだ。
 画家に絵を頼む訳だし、ゲンミツには業者になんのかも知んねーけど、新進気鋭の天才画家ってだけで十分VIPの資格はあるだろう。
 身内の欲目があんのは否定できねーけど、若社長も何も言わなかったから、正解だったに違いなかった。

 戻った時には、若社長も三橋も既に社長室の中だった。
「ハロウィン、いいよな」
「ハロ、ウィン!」
 仲良さそうに、そんな話題で盛り上がっててモヤッとする。
「ニューヨークの、懐かしーよなー。お前もセントラルパークで似顔絵売ってたよな」」
 社長室の中でソファに座り、三橋を向かい合って目を細める若社長。三橋が無名時代にNYで出会ってたことは、オレも何度か聞かされた話だ。
 日本でも仮装パレードは話題になるけど、あっちのはもっと本格的で、大規模なものだって話も聞く。
 もしかしてパレードを見る機会もあったんだろうか。
 セントラルパークって、どんなイベントがあるんだろう。

「だからな、なんかハロウィンっぽいのにしてーんだよ。分かるだろ?」
「ハロウィン、っぽいの」
 若社長の言葉に、三橋が持参のクロッキー帳をめくり出す。
「榛名さん、カボチャ?」
「いや、ちゃんと顔は描いてくれよ?」
 首をこてんとかしげる三橋は、相変わらず天然で可愛い。すかさずツッコミしながら若社長も機嫌よく笑ってて、昔からこうだったんだろうなと思う。
 そんなやり取りを聞かされると少々妬けねーこともねーけど、まあ、今更だし。この2人がそんな関係に発展しねーだろうってことは分かるから、嫉妬しても仕方なかった。
 三橋の首に訪問者証を掛けてやり、そのままソファを回り込んで若社長の後ろに立つ。
 ホントにカボチャを描き始めてた、天才で天然な画家の姿を若社長の肩越しに眺めてると――。
「ふおっ!」
 三橋がいきなり奇声を上げて、オレと若社長とを見比べた。

 その後三橋が口に出したのは、こんな言葉だ。
「榛名さん、王様!」
 三橋の言葉が謎に満ちてんのは前からだけど、この唐突さは理解できねぇ。何が「王様」なのかも意味不明だ。
「はあ?」
 オレと若社長の言葉が、偶然重なる。
 けど三橋はオレらの驚きに構う様子も全くなくて、そのままカタンと立ち上がり、クロッキー帳をもう1枚めくり上げた。
「オレ、秘書さん!」
「はあ?」
 一体何が秘書なのか? 意味が分かんねーまま立ち上がり、三橋がたたっと社長室を飛び出してく。
 慌てて追いかけると、三橋は幸い秘書課の部屋の中にいて、オレの同僚の秘書たちをモデルに熱心に鉛筆を走らせてた。

「なんで秘書?」
 後ろからこっそり聞くと、「王様だから」って言葉が返る。
「榛名さん、王様、阿部君、は、家来」
「家来って」
 まあ確かに秘書って立場は、はたから見りゃ王に仕える家来みてーにも見えるかも。けど、なんで秘書たちのクロッキーが必要なのか、意味が分かんなかった。
 ハロウィンっつってんのに、なんで王様なのかも理解不能だ。
 依頼は若社長の肖像画だろ? そりゃあ肖像画って聞いて1番に連想すんのは王侯貴族のそれだけど……家来を従えた王様の絵もあんのかな? じゃあ、オレら秘書も一緒に描くんだろうか?

 三橋の考えてることがさっぱり分かんねーのは今に始まったことじゃなかったけど、ともかく、まあ、やる気になってんのは明らかだ。
 絵に関して、オレに手伝えることは何もねーし。どんな肖像画ができんのか、他人事ながら楽しみだった。

(続く)

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あきゅろす。
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