Season企画小説
夢幻・2
仕事の後、メシの用意をして待ってると、「ただいまー」って声と共に恋人が家に帰って来た。
久々に顔を見た三橋は髪が伸びてて、元気そうにニコニコ笑ってる。
飛行機には10時間くらい乗ってたハズだけど、旅の疲れもそんなに残ってはねぇようだ。
「よお、お帰り。メシできてるぞ」
笑顔で軽くハグをして、ちゅっと小さなキスを落とす。
「阿部、君、だ」
ふひっと笑いながら三橋もぎゅうっと抱き着いて来て、すげー可愛くて嬉しかった。
ふんふんと鼻を鳴らし、「カレーのニオイ」ってデレッと笑う様子も可愛い。
普段、メシ作るのは大体三橋がやってくれるけど、絵を描くのに夢中になると後回しにしがちだし。そんな時はオレが作ることもある。
カレーとかシチューみてーな材料切って煮込むだけのヤツだったり、チルドギョーザや味付け肉みてーな、フライパンで焼くだけのヤツだったり。単純な料理しかできねーけど、それでも美味そうに食べて貰えると嬉しいモンだ。
「もう食う? それとも風呂にする?」
オレの問いかけに、「カレー!」って元気に答える三橋。
お望み通りの大盛りのカレーを食いながら、その後はゆっくり滞在先の話を聞いた。
三橋が滞在してたのは、オーストラリアの片田舎にあるアトリエ付きの貸別荘だ。アトリエっつっても、写真を見た限り木造の倉庫みてーな感じだったけど、なかなか快適だったようだ。
田舎町に画家が長期滞在するってのは珍しいみてーで、地元民が時々絵を見に来たりもしたらしい。
みんな三橋の顔も名前も知らなかったみてーだけど、絵は誉めてくれたって。散らかし放題だった別荘の中も、オバサンらが時々掃除してくれて、お礼に似顔絵をプレゼントしたら、すげー喜ばれたんだとか。
「似顔絵、いっぱい描いた、よー」
得意げな恋人に、「知ってる」とうなずく。
三橋が描いたっつー絵は時々シャメでも送られてて、オレもこっちで楽しめた。
絵ハガキと同様、さらさらーっと描かれた似顔絵はやっぱ油絵じゃなかったけど、ちゃんと三橋の絵になってんのがすげーと思う。
肝心の油絵も、滞在中に何枚か描いたらしい。
半裸で半泣きで「暑いから無理」つってた依頼の絵も、冬のオーストラリアに行ってすぐ、割とすんなり描けたんだとか。
「うおっ、そうだ、お土産」
カレーを口いっぱいに頬張って、ダイニングの入り口に置きっぱなしの荷物にビュッと向かう三橋。
落ち着きがねーのも相変わらずで、行動が読めねぇのも相変わらず。あれやこれやと荷物ん中を引っ掻き回し、散らかしちまうのも相変わらずでげんなりする。
けど、それでもコイツが好きなんだから、もう仕方ねぇ。
「こ、れ!」
厳重に梱包されたモノを差し出され、カレーを食う手を止めて受け取る。大きさの割にずっしり重くて、何かと思ったら絵皿だった。
赤やピンクや紫の花の中に、一際多く描かれてんのは中心が黄色の白い花。色鮮やかな小鳥もいて、キレーで華やかで鮮やかだ。
付き合い始めてから今まで、色んな三橋の絵を見て来たけど、絵皿を見んのは初めてでビックリした。
どうやら三橋自身、初めての体験だったらしい。
「お、お皿に描くの、面白かった」
本人はにこにこと機嫌よさそうで、何も考えてなさそうだ。
これ1枚が一体いくらの値がつくかなんて、きっと考えてもねーんだろう。若社長辺りが知ったら、確実に欲しがりそうだ。
「今度、カレーはこれに盛って」
って。使う前提で言われて、ちょっと呆れる。
「いや、絵皿は普通飾るだろ」
「うえっ、でも、お皿だ、よ?」
不思議そうに目を見開く様子が、無邪気で可愛い。
整頓されたダイニングが、あっという間に散らかって唸りたくはなったけど、この見事な手土産を見れば、叱る気持ちも霧散する。
ホント、天然な天才っつーのはタチ悪ぃなと思った。
若社長からの依頼の話をしたのは、風呂に入って旅の疲れを癒してからのことだ。
同じくお土産のオーストラリアワインを飲みながら、いつ来社するかのスケジュールを決めていく。
「は、榛名さん、の、肖像画」
デカい目を見開いた三橋は、ゆっくりと嬉しそうに顔をほころばせてて、可愛いけどちょっと嫉妬した。
若社長と三橋との間にあんのは信愛っつーか、友情の延長みてーなモノだし、気にすることはねーって分かってはいるんだけど、そう嬉しそうにされるとやっぱムカつく。
写真見ながらじゃ肖像画は描けねーっつーし、じゃあやっぱ、何度か顔を合わせる必要もあるんだろう。
オレも一応秘書の1人だし、若社長がここに通うっつーのは、スケジュール的に無理なのは分かってる。っつーことは、三橋があっちに通わなきゃいけねーってことで。
以前、ホールに飾られてる森の絵を描いた時、女どもにきゃあきゃあ囲まれて餌付けされたのを思い出した。
「肖像画、阿部君のも描きたい、なー」
むふむふ笑いながら、そんな愛おしい事を呟く恋人を抱き締める。
コイツの描く絵も好きだけど、オレはコイツ自身の方が好きだ。久々に会ったんだから、絵を描くよりもまず、先にすることがあるだろう。
「絵よりもさ、お前を先に堪能させて」
耳元に囁いて、ワインを口に含み唇を重ねる。口移しで飲ませたワインはわずかにオレの舌に残り、三橋の顔を真っ赤にさせた。
(続く)
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