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Season企画小説
夢幻・1 (2019ハロウィン・社長秘書×画家三橋の続編)
※この話は「有限」の続編になります。



 夏の間南半球に避暑に行ってた恋人が、ようやく日本に帰ってくるって聞いたのは、10月の初めのことだった。
 折しも職場でハロウィンの話をしてたトコで、もう秋だよなぁとしみじみ思う。街にはまだ半袖来てるヤツもいるし、秋って感じは薄いけど、まあ少なくとも夏じゃねぇ。
 NY帰りのうちの若社長は、ハロウィンって聞くとあっちのことを思い出すらしーけど、オレにとっては特に思い入れのねぇイベントだ。
 同じくNY暮らしの経験のある恋人にとってどうなのかは知らねーけど、今んトコは夏の名残でいっぱいらしい。
『そろそろ、残暑、マシになった、よね?』
 うかがうように電話で訊かれ、「おー」と答える。
 オレにはクリエイターの気持ちはよく分かんねぇけど、避暑に行く前は暑さでムキーってなってたから、恐る恐るになるのは理解できねーこともなかった。

 オレの恋人、三橋廉の職業は画家だ。
 注文を貰って描く分のことは知らねーけど、たまに画廊やデパートなんかで展示会やると、結構な高値で取引されるらしい。ハガキ1枚くらいの大きさの絵で何万もするって聞いた時は驚いたモンだった。
 三橋の受注する絵は大体もっと大きな絵で、納品の期日もかなり長い。ただ、夏中こんな暑い状態だとちっとも進まねぇってことで、結局日本を飛び出してった。
「もお、無理!」
 柔らかな猫毛を振り乱し、ムキーッと叫んだ恋人の姿を思い出して、ちょっと笑える。
 三橋んちの庭に面したアトリエは、1面が全部ガラス張りで天井も高くて、光の入る明るい部屋だ。ちゃんと空調も利くようになってんだけど、それでも夏はやっぱ暑い。
「服、脱いでも暑い」
 って、半裸で半泣きになってる姿は、眩しくも可愛くておかしかった。

 その裸に自分でボディペインティングしてたのにはビビったけど、さすがプロの画家だけに、そのペインティングも見事ではあった。
 キャンバスじゃなくて自分の体に描いてる時点で、精神的にかなり参ってんだろうってのは想像つく。こりゃダメだ、とオレが思ったのもその時だ。
 しっかり「作品」としてその裸を写真に撮ってたのはご愛嬌だが、三橋は元々そういうとこあるから、もう今更だ。
 カレーライスで日本地図を描いてみたり、デカいホットケーキの上にフルーツで花の絵を描いてみたり……勿論それは自分でペロッと食べちまう訳だけど、食べる前にしっかり写真を撮るとこは、まあ感心しねーでもなかった。
 オレも職場でマイペースだってよく言われるけど、三橋程じゃねーと思う。
 避暑先でもそのマイペースぶりは変わんなかったみてーで、「散歩でつんだ花」とか言って白い皿に草花を散らしたり、川原で色とりどりの小石を並べて鳥の絵を描いてたりしてた。
 そうして離れてた2ヶ月足らずの間に、三橋がオレに送ってくれた写真や絵ハガキは何枚にもなる。
 絵ハガキはさすがに専門の油絵じゃなかったけど、水彩でさらさらーっと描かれた魚や鳥や風景の絵は、いつもとは違うタッチで、でもやっぱ三橋の絵で、微笑ましくも心に残った。
 そのハガキを、オレだけじゃなくてうちの若社長にも送ってたって知った時はさすがにムカッとしたけど、オレと三橋が知り合うきっかけをくれたのも若社長だし、何年も前からの知り合いだっつーから仕方ねぇ。
 付き合う前、三橋の世話係として派遣された時はどうしてくれようと思ったモンだったけど、今では感謝しねーでもなかった。

 あの頃、うんざりしながら通った三橋の自宅兼アトリエに、今ではオレも一緒に住んでる。
 三橋が避暑に行ってる間は寂しくもあったけど、散らかすヤツがいねーから、家中どこも整頓されてピカピカだ。
 片付けと掃除と整理整頓が致命的にできねぇ、恋人の帰りを楽しみに待つ。
 脱ぎ散らかされた服を拾いながらガミガミ怒る、そんな日常が返ってくると考えると、うんざりしつつも嬉しかった。

 秘書っつー仕事柄、あんま感情は表に出さねーようにしてるつもりだけど、機嫌のいいのはどうにも漏れ出しちまうものらしい。
「阿部、どうした? 機嫌いいな」
 秘書課の先輩たちに不思議そうに訊かれた。
「お前が機嫌いいと不気味だな」
 そんなしみじみとしたイヤミな言葉も、ふっと笑って流しちまえるトコ考えると、自分でも確かに機嫌はいいらしい。
 その機嫌の良さは若社長にも伝わったみてーで、社長室に行った時にニヤッと笑われた。
「さてはレンが帰って来るんだろ」
 見透かしたような言葉に、「まあ、はい」とうなずく。その社長室の壁には、三橋から送られて来たらしい絵ハガキが何枚も飾られてて、それを見るだけでちょっと和む。
 直筆だから当然だけど、オレんトコに送られたハガキとは全部違ってて、悔しいけど見応えがあった。
 応接室にも額縁に入れて飾ってある。若社長が三橋の絵を気に入ってんのは確かだ。そもそも、このビルの吹き抜けのホールには、このビルのために描かれたデカい森の絵があるんだし。それもまあ今更だった。

「そういやレンは、今暇なのか?」
 若社長の問いに「どうでしょう」って首をかしげる。
 オレは三橋の同居人であって秘書じゃねーから、その辺の把握はできてねぇ。夏にムキーッとなりながら描けないでいた絵は、避暑先で仕上げたつってたけど、他の仕事が入ってるかも知れねぇ。
「確認しましょうか?」
 オレの問いかけに、「ああ、頼む」とうなずく若社長。
「アイツに肖像画描かせてーんだよな」
「はあ」
 肖像画、と言われて目の前の勝気そうな顔に視線を向ける。榛名元希、三橋の無名時代からの知り合いで、サポーターでもあった上司の顔は、イタズラを思いついた少年のようににんまりと笑みを刻んでた。

(続く)

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