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Season企画小説
好きだから「好き」って言って・1 (2019三橋誕・社会人・切なめ)
あなたは『「嫌い」って言われて「好き」って言ってもらったのも同じ声だったのにな、って思い返す』アベミハを幸せにしてあげてください。
https://shindanmaker.com/474708 より



『ワガママ言うヤツは嫌いだ』
 電話越しに呆れたような声を聞いて、とっさに返事ができなかった。
 ゴールデンウィーク明けの今日、久々に恋人にかけた電話は、こんな一言であっけなく終わった。
 ゴールデンウィークはちっとも会えなかったから、その分を兼ねて、来週末を一緒に過ごせないかって思ったんだけど。
 会うだけじゃなくて、お泊りもしたいっていうのは、ワガママだった、かな?
 期待と不安にドキドキしてた心臓が、しょぼんとして冷たく縮む。「嫌い」の一言が、自分で思うよりショックだったみたい。
 「好きだぜ」って言ってくれるのと同じ声なのになって、そう思うと余計に辛い。誕生日に会いたいって、嫌われるくらいのワガママなの、か?
 来週末がオレの誕生日だって、さすがに覚えてる、よね?

 はあー、とため息をつき、ケータイをテーブルに置く。
 気分を変えるべく、コーヒーでも飲もう。そう思って立ち上がり、ケータイを置き去りにしたままミニキッチンへと数歩進む。
 ひとり暮らしの部屋は、住み慣れた自分ちと比べて随分狭い。
 勝手に片付けてくれるオヤもいないから、気を抜くとすぐに散らかってしまう。
 いつも人の出入りがあれば、片付けなきゃって気になるんだろうけど、最近は阿部君もあんま顔を出してくれなくて、そんな機会も滅多になかった。
 互いの仕事が忙しいから、学生時代程は会えなくなっても仕方ない、けど。阿部君は寂しくないのかな?
 もしかして、オレのことそんなに好きじゃなくなった?
 さっき言われた「嫌い」が耳の中によみがえり、ぶんぶんと首を振って、頭から追い出す。
 でもきっと阿部君は、それ程強い意味を込めて言ったつもりはないんだろう。きっと、ホントにオレのこと「嫌い」になった訳でもないんだろう。
 そう信じられるのは救いだけど、だからってショックを受けない訳じゃない。
 本人にとっては何気ないひとことでも、心にぐっと来ることはある。

 例えば、阿部君から1番最初に貰った「好き」って言葉がソレ、だ。
 野球を辞めるつもりで行った、高校の入学式。ちょっと覗くつもりなだけだった、夕方の野球部のグラウンド。
 中学でのオレの身勝手さをみんなの前で告白した時、阿部君は「ヤなヤツなのは確かだけど、投手としては好きだ」って、オレを肯定してくれた。
 その後、ゴールデンウィークの合宿では、「投手じゃなくても好きだ」とも言ってくれたっけ。
 あの時もその時も、どっちも阿部君はきっと、深い意味で言ったんじゃないと思う。肉が好きとか野菜が好きとか、スポーツが好きとか音楽が好きとか、きっとそれくらいの意味だろう。
 けど、そんな何気なく貰った「好き」の言葉は、あん時のどん底のオレに勇気をくれた。
 オレの欲しい言葉を、欲しい時にくれる阿部君が好きになった。
 その思いは、例え1度や2度くらい「嫌い」って言われたって、変わるものでもない。今でもオレ、阿部君が好き、だ。
 ただ、しょんぼりになった気分はなかなか上向いてくれなくて、美味しいハズのコーヒーも、気分転換にはならなかった。

 時間が経ってからふと思ったのは、阿部君、お疲れなのかなってことだ。
 ゴールデンウィークの間、会社の研修か何かがあって、ほとんどずっと札幌に出張してたらしい。
 札幌いいなって思ったけど、前にそう言ったオレに、阿部君は「遊びに行くんじゃねーんだぞ」って、不機嫌そうに言ってたっけ。
 最終日くらい、観光とかする時間あってもいいと思うけど。そういうのもなかったの、かな? 夜はどうなんだろう?
 そう言えば、「出張お疲れ様」とも言ってなかったなって、今更のように気付いて慌てる。
 オレ、自分の事ばっかだった?
 こんなんじゃ、「嫌い」って言われても当然、かも。
 けど、今電話して「ごめん」って言うのも、おかしい気がするから、明日まで待った方がいいかも知れない。
 阿部君からかけてくれれば別だけど――。

 テーブルの上に置いたままの、鳴らないケータイに目を向ける。
 最近、阿部君から連絡を貰うことって、滅多にないなぁって気が付いた。

 結局阿部君に再び電話で話せたのは、その週の金曜になってからだった。翌日に電話しても、電話が繋がらなかったせいだ。
 電車に乗ってたせいなのか、仕事中だったのかは分からない。会社の人か誰かと一緒にいたのかも。
 オレだって家族からの電話とか、飲み会の最中に出たりはしないし、そういうマナーにうるさい人もいるだろうから、電話が繋がらなくても仕方ない。
 けど、後で掛け直してくれてもいいんじゃないかなって、それくらいはちょっと思う。
 どうせオレの電話なんか、大した用事じゃないって思ってる?
 それはホントにそうなんだけど、恋人からの電話って、嬉しくない、の、かな?
『もしもし、何?』
 面倒臭そうな声をケータイ越しに聞かされて、「え、っと……」って冒頭から言葉に詰まる。
「あの、さ。しゅ、出張、どう、だった?」
『はあ?』

 短い返事も不機嫌そうで、きゅっと胸の奥が縮む。
 ぶわっと立つ鳥肌。自然にびくっと肩が震え、口に出しかけた言葉が消える。
「お、お疲れ、様」
『はあ?』
 辛うじて口にできた言葉も、阿部君にとってはそんなに嬉しくなかったみたいで、機嫌を取ることはできなかった。
『で、何?』
 改めて用事を訊かれ、「来週、さ……」と口を開く。
 けど、「誕生日なんだ」とは言えなかった。「だから一緒に過ごしたい」とも続けられない。言う前に、電話の向こうで阿部君が「ちっ」と舌打ちするのが聞こえたからだ。

『しつけーヤツは嫌いだよ』
 告げられた言葉に、息を呑む。その「嫌い」に、意味がないとは思えなかった。

(続く)

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