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Season企画小説
オレとアイツとバレンタイン・後編
 三橋がぽかんとしたトコで、テーブルに大盛りナポリタンが運ばれて来た。
 申し訳程度の小さなサラダと、水2つ、それから三橋の頼んだミルクティが置かれる。
「美味そう。いただきます」
 パン、と手を合わせてからフォークを掴み、大ざっぱにパスタを巻き付けて大口で食う。ガツガツと食いながら三橋に目を向けると、三橋はまだぽかんとした顔で、オレの方を眺めてた。
 相変わらず、何も考えてなさそうな顔だ。
 けど、実はそんな時、ぐるぐると色んなことを考えまくってんのも知ってる。考え過ぎると空回りし始めんのも知ってる。
 考え過ぎて、その内煙でも出すんじゃねーか?
 その様子を想像し、ふふっと笑える。
「冷めるぞ」
 手元のミルクティをアゴで指してやると、三橋はギクシャクとうつむいて、ティーカップを持ち上げた。

 食事を続けるオレの前で、ちびちびとミルクティを飲む三橋。
 広いカフェテリアの中にはいつの間にかオレらしか客がいなくて、ガランとした店内に、食器の音だけが小さく響いてる。
 フォークがカツンと皿に当たる音。ティーカップがカチャンとソーサーに置かれる音。食ってるオレは勿論、三橋も無言で、ほんの少し居心地悪ぃ。
 けど、ちらちらオレに視線を向けてくる顔は、やっぱいつも通りじわじわと赤くなってて、悪ぃ予感を抱かずに済んだ。
 食い終わったフォークをパスタ皿の上に置き、氷の入った水を飲む。
「……返事は?」
 ぼそりと訊いてから、もう1口水を飲み、グラスを置くと、三橋は「ふえっ」と声を上げて、派手にティーカップを転がした。
「おい!」
 とっさにギョッとしたけど、カップは幸い空だったらしい。わたわたとカップをソーサーの上に戻す三橋に、「ビックリさせんなよ」とぼやく。

「び……っ」
 その一言だけで口にして、真っ赤に黙り込む三橋が可愛くておかしい。もう20歳も越えたっつーのに、こんな可愛くてどうすんだ?
「寮の門限、何時だっけ?」
「く、9時」
 三橋の返事を聞いて、腕時計に目を落とす。時刻は8時40分。あんまゆっくりできねーと思って、食後のコーヒーは諦めた。
「一旦出るか」
 オレの言葉に、「う、ん」とうなずく三橋。まださっきの動揺が響いてんのか、立ち上がる仕草もぎこちねぇ。
 伝票を引っ掴んでレジに向かい、会計を済ませて扉に向かうと、「こ、れ」って後ろからセーターを引かれた。
 振り向くと、さっき貸した上着を差し出されてて、別にいーのにって思いつつ苦笑する。
 ドアを開けると幸いあんま風はなくて、さっきより寒さはマシだった。

「寮まで送るから、着てけよ」
 差し出された上着を受け取らずにそう言うと、ぶんぶんと首を横に振られる。
「お、オレ、走ってく、から」
 って。送るっつってんのに否定されて、ちょっと寂しい。
 きっと遠慮とかじゃなくて、本気でそう言ってんだろう。三橋はオレの援助とか、求めてねぇ。オレがいなくても1人で立つ強さを持ってる。
 オレがいなくても戦える。
 自立心を持つのは大いに結構だし、それがホントの姿なんだって分かってっけど、そんな三橋の自立を見せられる度、遠いなって気分になる。
 さっきのカカオニブに負けねぇ、相変わらずほろ苦い恋だ。
 けど、そんなほろ苦さにはもう慣れっこだから、オレも引き下がるつもりはなかった。
 側にいてぇ。遠ざけねーで欲しい。野球は邪魔しねーから、気持ちだけでもずっと側にいさせて欲しい。

「好きなヤツ送って行きてーんだよ。いーから着てろ」

 キッパリと告げ、再び三橋の肩に上着を被せる。それと同時にちゅっと唇の横にキスすると、三橋はビクッと肩を震わせて、カーッと顔を赤く染めた。
「な……」
 言葉を詰まらせ、1歩後ろに下がる三橋に1歩近付く。
「好きだ。返事は?」
 オレの告白に、デカい目を見開く三橋。その顔は夜道にもそれと分かるくらい真っ赤で、ウブで可愛い。
 あまりの可愛さにふっと微笑んでると、「きっ、きっ……」ってドモられた。
「き?」
「き、期待、しても、いい、の……?」
 って。訊き返しても要点の掴めねぇ言い方は相変わらずで、苦笑する。けど、さすがにオレだって、「期待」の意味は想像できた。
「オレのやったチョコ以外、食うなよ。来年も再来年も、オレ以外からバレンタインにチョコ貰うな。オレも貰わねぇ」
 ニヤッと笑いながら、さっき貰ったばっかのシンプルなラッピング袋を揺らす。三橋は「ちょ……」ってまた口ごもり、突然オレに抱き着いて来た。

「オレ、阿部君のことが、好き、だっ」
 ぎゅーっと抱き着かれたまま告げられると、胸が弾む。
 オレだって期待してなかった訳じゃねーけど、言葉と態度で示されたら、誤解なんてしようもない。
 オレの貸した上着ごと抱き締めて、「オレもスゲー好き」と告げる。前にチョコやった時と同じセリフだけど、受け取る三橋が笑顔なだけで、気分の跳ね上がり方が違ってた。

 三橋のくれたもう1個のチョコに気付いたのは、自分の住むアパートに帰ってからのことだった。
 カカオニブクランチ、とタグのつけられたその袋には、ざっくりと長方形に切られたクランチチョコが入ってた。
 1つ食うと心地いい甘みと苦みが口ん中に広がって、噛み応えもあって結構美味い。
 「気に入った?」って首をかしげる三橋の顔が目に浮かび、感想を伝えるべくケータイを取り出す。
 甘いだけじゃねぇ、苦いだけでもねぇ。溶かして甘やかすだけでもねぇ……食い応えのあるそんなチョコ。三橋がどういう意味を込めて買って来たのかは知らねーけど、こういう恋なら悪くねぇ。
 野球の邪魔は絶対しねーと誓うから、これからもアイツの側にいてぇと思った。

   (終)

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