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Season企画小説
オレとアイツとバレンタイン・前編 (阿部視点)
 コンコン、と研究室のドアがノックされた時、オレはちょうど今日の実験結果をノートにまとめてたとこだった。
 ノートを取るのは大切だ。毎日似たような実験ばっかだけど、ちょっと条件を変えると結果が大きく違ってくる。そういうデータの累積はすげー大事で、1年後の卒論にも影響する。
 簡単にメモした事柄をまとめ、後から見直ししてもすぐに状況が分かるよう、きちんと整理して書き込んで……そうして夢中になってると、「阿部」って横から肩をトンと叩かれた。
「はい?」
 顔を上げると、研究室の助手さんだ。何の用かと思ったら、「友達が来てるぞ」ってドアの方を示される。
「お前に友達、いたんだな」
「いや、普通にいますから」
 助手さんのからかいにツッコミを返し、ノートを閉じて席を立つ。
 実験テーブルの向こうのドアに目をやると、見慣れた薄茶色の頭がふらふらと覗いてて、ビクッとするくらい驚いた。

 三橋がここに来んのは初めてのハズだ。以前、場所は教えた事あったけど、ホントに来てくれるとは思わなくてドキドキする。
 いつの間にか随分伸びた背を縮ませて、肩身狭そうにしてる様子が懐かしい。
 キョドリ癖もドモリ癖も高1ん時に比べりゃだいぶマシになったけど、今こうしてキョドキョドと研究室ん中に視線を巡らせてんの見ると、胸の奥がほっこりした。
 なんだか遠いと思ってたけど、何も変わってねーのかも知んねぇ。
 マウンドの上では緊張なんか見せねーのに、今、こんな日常のありふれた風景の中で、緊張してんのがおかしい。オレの顔見て、ホッとしたように頬を緩めるのもおかしかった。
「三橋、何?」
 自然に頬を緩めながら訊くと、「おみ、やげ」ってつっかえながら言われた。
「土産なんかいつでも良かったのに。けど、サンキュな」
 礼を言って、目の前のふらふらしてる頭をぽんと叩く。その瞬間、三橋の白い顔がほわーっと赤くなって、あまりの可愛さにドキッとした。

 この前貰った「好き」の言葉に、期待しちまいたくなんのはこんな時だ。
 オレが色んな意味を込めて渡した、カカオ86%の苦ぇチョコ。それを一口食べ、ぽろっと泣かれた時は正直心臓が止まるかと思った。
 涙を見て一気に落ち込んだ気持ちが、「好き」の一言で持ち直す。
 「好き」の意味を測りかねて、どうすりゃいーのか分かんなかった。
 高カカオチョコは眠気覚ましには丁度いーけど、三橋には多分苦ぇだろう。けど、これに慣れりゃ普通のチョコを甘ったるく思うだろうって思ったのも本当だ。
 あの苦さを耐えて食って欲しい。
 苦さに慣れて欲しい。
 そんで、女との甘い恋なんか受け入れらんなくなればイイ。

「こ、れ。あの、キャンプ先のホテル、の、近くの店、の」
 とつとつと告げながら、三橋が焦げ茶と生成り色のシンプルな包みをオレに差し出す。
 英語で「chocolate」ってロゴが書かれてて、チョコだって分かった。
「チョコ……か?」
 思わず確かめるように言ってから、さっき貰ったばっかの写真をふと思い出す。そういやあれはカカオだっけ? じゃあ、これ買った店で撮ったんかな?
「チョ……チョコ、め、メーワクじゃなかっ、たら」
 ごにょごにょと呟き、もじもじと体を揺らせる三橋。その顔は真っ赤なままで、可愛くて愛おしい。
 勘違いすんなって気持ちと、期待していーんじゃねーかって気持ちがせめぎあい、言葉がとっさに浮かばねぇ。
「メーワクな訳ねーじゃん。お前がくれるモンなら、何でも嬉しーよ」
 正直にそう言うと、三橋はホッとしたように笑って、それからギクシャクとうつむいた。

 ああ、言葉が足りねーなって思う。
 背後で誰が聞いてるか分かんねぇ、無人でもねぇ研究室。卒研のメンバー全員がいる訳じゃねーけど、部屋ん中には教授もいるし助手さんもいて、うっかり「好き」とも呟けねぇ。
「……時間、まだあるか?」
 白衣のボタンに手を掛けて、研究室の中を振り返る。
 実験の区切りはついたし、ノートも大体まとめたし、今中断しても問題ねぇ。そう思ったら、ここで立ち話してんのが惜しくなった。
「う、ん。でも阿部君、は」
「オレはいーから。もう終わりだから」
 三橋のセリフを途中で抑え、「待っててよ」って望みを告げる。
 三橋のくれたチョコが見てぇ。カカオの店の話を聞きてぇ。キャンプの話も、試合の話も、仲間の話も、バレンタインの話も――。全部、電話やメールじゃなくて、三橋から聞きてぇ。
 好きの意味も。

 三橋の返事を待たず、ドアから離れてテーブルに戻る。
「すんません、今日は上がります」
 教授と助手さんに挨拶すると、「はいはい」って生温く笑われた。
「貴重な友達だもんな」
 って。それは余計な一言だ。
 けど三橋が大事なのは当たってるし、優先してぇんだから仕方ねぇ。
 教授らのからかいを振り切って、装置の電源を落とし、ノートや器具を片付ける。脱いだ白衣を無造作にたたんで自分のイスの上に置くと、頭がゆっくり切り替わる気がした。
 無精ひげは今更どうしようもねーけど、今回は上着を忘れねーんだから、これで勘弁して欲しい。
 廊下に戻ると、三橋はまだ律儀にオレを待ってくれてて、そういうとこも好きだと思った。

(続く)

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