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Season企画小説
オレとキャンプとバレンタイン・後編
 チョコの店に行ったのは、14日のバレンタインだった。それに気付いたのは、ホテルでの夕食後、みんなに1個ずつ小さなチョコが配られてからのことだ。
 直径1cmくらいの一口チョコ。これ、あのチョコの店で試食した中にあったなって、オレと残りの2人だけが気付いた。
「ありがたみが……」
 と嘆く同期に、「カカオニブよりマシっスよ」と囁く後輩。
 カカオニブ……ローストしたカカオを砕いた、例の苦い破片は、後輩にすごくダメージを与えたみたい。
 オレたち3人の受けがあんまよくなかったから、マネジはでっかいの買ってたけど、それを配るのやめたみたいだった。
 買った大袋入りのは、マネジみんなで分けるんだろうか?
 量り売りしてくれるっていうから、オレも200gくらい買った。それと、カカオニブ入りの甘さ控えめクランチチョコ。
 あの店の高カカオチョコは、カカオ70%が基準なんだって。試食したら86%よりは断然食べやすくて、これならいっぱい食べれそう。
 苦いカカオも、砂糖をちょっと入れたら甘くなる。阿部君には不要な甘さかも知れないけど、オレにはこれくらいがちょうどいいかもなと思った。

 午前午後の練習と、少年チーム対象の野球教室、それから地元の大学チームとの練習試合……。順調に日程を終えて、あっという間に10日間のキャンプは終わった。
 午後2時まで自由行動で、それからまたホテルのバスで空港に向かい、飛行機で羽田に向かう。
 寮に着いたのは夕方で、そのまま夕飯を取って解散になった。
「明日はミーティング」
 部長の言葉に「おー」とか「うーい」とか返事しながら、それぞれの部屋に戻る。同室の同期は「疲れたなー」とぼやきつつ、2段ベッドのハシゴを登った。
 オレはそんな疲れてないけど、同じく自分のベッドに座り、ポケットから取り出したケータイを眺める。
 キャンプ中に撮った写真を順番に見てる内に、あのチョコ屋さんで撮った画像も出てきて、阿部君のことも思い出した。
 みんなにつられてチョコ買っちゃったけど、阿部君、食べてくれるかな?
 ……阿部君、今どこだろう?

 研究棟にいるなら会いたいなって思ったけど、時間的には夕飯時をちょっと過ぎてて、どうしようってちょっと迷う。
 迷った末、短いメールを送ってチョコ屋さんの写真も添付した。
――お土産、買った――
 送信してからむくっと立ち上がり、キャンプに持ってったカバンを漁る。
 使った服、使わなかった服、洗面道具……。あれこれ考えながら中身を出すと、奥にラッピングされた袋があった。
 ほろ苦い大人向けのチョコの店だから、ラッピングもシンプルで可愛いより格好いい。
 2段ベッドの上から、オレを覗き込んでたらしい。同期が「おっ」と上から声を掛けて来て、チョコのラッピングを指差した。
「それあん時買ったヤツだろ? 例の女に渡すのか?」
 ニヤッと笑われ、「う、えっと……」って口ごもる。
 女じゃないんだけど、とは言えない。「渡すよ」ともハッキリ言えない。言葉に詰まったままチョコの包みを眺めてると、いきなりブゥンと音がした。

 ベッドに置きっぱなしだったケータイに、着信を知らされてドキッとする。画面を見ると、阿部君からのメールが来てて、それにもまたドキッとした。
「顔赤ぇぞ」
 同期のツッコミにうろたえつつ、2段ベッドの下に隠れる。
――もう帰ったのか? これ何?――
 短いメールはいつも通りで、オレの動揺なんてちっとも伝わってなさそう。
――カカオ。阿部君、今どこ?――
 同じく短く送信すると、「研究棟」って返事が送られてきて、居ても立ってもいらんなくなった。
「オ、レ、ちょっと行って来る」
「おー。外泊届出してけよー」
 ぐっと親指突き出されたけど、外泊なんてつもりはないし、研究棟に行くだけだし、「ない、よっ」って返事してチョコを掴む。

「ちょっと、コンビニ、にっ」
 寮の出入り口で寮監さんに告げ、ドアを開けて1歩出ると……びゅっと寒風に吹かれて、上着を忘れたの思い出した。
 浮かれ過ぎてたみたい。オレ、余裕ない? けど、この間は阿部君だって上着着てなかったし、研究棟はキャンパス内だし、そんな遠出でもないから大丈夫。
 上着取りに戻ろうか、って一瞬湧いた考えを打消し、タッと夜空の下に飛び出す。
 2月半ばにセーターだけって格好はやっぱ寒かったけど、研究棟を目指して走ってると、そんなに気になんなくなって来た。
 研究棟にはやっぱまだ明かりが点いてて、すごいなぁと思う。こんな時間まで研究するくらい、熱心な人多いみたい。
 みんな白衣着てるのかな?
 なんだかオレの学生生活とはまるっきり違ってて、遠いなぁって思ったけど、そんなのはもう今更だ。
 シンと静まった研究棟に足を踏み入れ、エレベーターに乗り込んで4階のボタンを押す。

 阿部君の研究室、前に場所は聞いてたけど、こうして行くのは始めてだ。
 まるで別世界みたいで、入る資格ないんじゃないかって気持ちになる。明らかに異分子で、明らかに不似合い。
 けど、今は不似合いでも、阿部君に会いに行きたかった。
 勇気が欲しい。キョドキョドしたくない。阿部君みたいに、背中伸ばして歩きたい。苦い物も、平気になりたい。
 ほろ苦いチョコを握り締め、今、阿部君に会いに行く。
 そんで――今度は苦くても泣かずに、「好き」ってちゃんと伝えたいと思った。

   (終)

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