Season企画小説
オレとキャンプとバレンタイン・中編
九州キャンプの日程は、12日から10日間。12日の朝に出発して、羽田から最寄りの空港に向かう。空港からキャンプ予定地までは、宿泊先のホテルのバスだ。
毎年同じ土地に行く訳じゃないから、泊まるホテルも毎年違う。
今年のホテルはこじんまりしてるけどキレイなトコで、着いて早々宴会場で、歓迎会もして貰った。
阿部君とは結局、あの後1回も会えてない。
メールは何回か来たし、オレも昨日「明日から九州」ってメールした。けど、やっぱ「好き」とか言って泣いちゃったのは気まずいし、どういう顔していいか分かんない。
オレからチョコをあげるかどうか、もっかい「好き」って伝えるかどうか、キャンプの間にゆっくり決められればと思った。
キャンプの間はほぼ練習練習の毎日になる。
午前と午後とでざっくり予定を分けられて、球場を移動することもある。午前中に練習した後、午後に試合する日もあるし、紅白戦したりもする。
移動日の12日だって、歓迎会の後は練習着に着替え、さっそくジョギングしながら練習場所の球場に向かった。
うちの野球部のホームページでも、キャンプスケジュールは公開するけど、ここの地元の市民サイトでも、スケジュールを紹介してたみたい。
球場には思ったより多くの見学の人がいて、なんだかちょっと緊張した。
地元の少年野球のチームっぽい、ユニフォーム姿の集団もいた。時々女の子の歓声も聞こえて、後輩たちは嬉しそうだ。
「チョコ貰えるといいねー」
マネジにからかうように言われ、「期待していいかな?」なんて呟いてる同期。
「いや待て、期待するな。期待度が高いと落胆も激しい」
みんなでわいわいと、いつも通りの会話を交わし、いつも通り真剣に練習する。
九州は、関東に比べるとちょっと暖かい。
ここなら阿部君も、白衣だけを羽織った無防備な格好でいたって、寒くないかも。
……阿部君は、今日も研究棟に籠ってるのかな?
近くにいても遠く感じる阿部君は、今は物理的距離も空いちゃって、ますます遠い。
でも、やっぱ遠いと寂しい。
ご飯、ちゃんと食べてるのかなって、ちょっと心配にもなった。
マネジに買い物に誘われたのは、キャンプ3日目の夕方だ。
この日は午後に少年野球教室があって、いつもより早くホテルに帰れたから時間があった。
「三橋君、晩ご飯までまだ時間あるから、チョコ買いに行かない?」
「チョ、コ……」
チョコ、っていう単語に、談話室にいた部員たちがどわっと湧く。
「おおっ、もしかして今年もマネジからの愛が!?」
誰かの言葉に、「ないから」と即答するマネジ。
「合宿中の心がけ次第だって言ったでしょ。あるとしても、キャンプ終わってからよ」
にっこりバッサリ言い放ち、再びオレに向き直るマネジ。
「興味ないなら買わなくてもいいから、行ってみようよ」
そう言われると断ることもできなくて、オレは「う、ん」と立ち上がった。
マネジと2人だと気まずかったけど、幸い他にも「行きたい」って言う人がいて、マネジ3人・部員3人の合計6人で行くことになった。
キャンプ前に行ってた通り、ホテルから歩いて10分くらいのとこみたい。
地図アプリを見ながら6人でぞろぞろ歩いてくと、やがて県道沿いにチョコレート色のオシャレな店が見えてきた。
パッと見た感じウッディな外観なんだけど、よく見るとチョコレートっぽくアレンジされた壁で、すごくオシャレだ。イトコのルリとか、喜びそうな外観。人気あるのも分かる気がした。
店の中に入ると、ふわっとチョコレートのいいニオイ。
チョコの販売店なんだけど、店の半分は飲食スペースになってて、チョコ系のドリンクのメニューがさり気に置かれてる。
カウンターの奥はガラス張りで、チョコを作ってる作業が見えるみたい。
ちょうど、でっかいカカオの実を割ってるとこで、阿部君が好きそうだなと思った。
こういうとこに、一緒に来れたらいい、のに。
もし阿部君が野球部なら――。そんな思いがふっと浮かんで、慌ててぶんぶん首を振る。
「お、写真OKなのか」
一緒に来た同期の部員がそう言って、ケータイをガラス張りの向こうに向ける。オレも慌ててそれに倣い、作業中のおじさんの手元をアップで撮影した。
カカオの実の中には、小さな種がいっぱい入ってる。その種をローストして、砕いて、チョコを作ってくんだって。
簡単に説明してくれたのは、販売コーナーの売り子さん、だ。
「今日はもう夕方なので、ローストするまでで終わりますが、もっと早い時間に来られれば、チョコレートを作る工程も見れますよ」
売り子のお姉さんの説明に、「へぇー」って感心するみんな。
残念ながら明日も明後日も練習ばっかで、今より早い時間にこの店に来れる気がしない。けど、きっとそういう工程が見たくて、ここに通う人もいるんだなと思った。
「こちらは、カカオの実をローストして砕いただけのモノです」
そんな説明と共に売り子さんに差し出されたのは、白い素焼きの小皿だった。小皿の上には、歪な形の小さな破片が入ってる。
試食どうぞ、と勧められ、みんなが順番に1個ずつ取った。オレも1個取り、口に入れる。ぽりっと噛むとアーモンドの破片みたいな味がして、それからじわっと苦くなった。
「う、お。にが……」
思わずぼそっと呟いて、慌ててサッと口を閉じる。
嫌味だったかって焦ったけど、売り子さんは慣れてるみたいで、くすくす楽しげに笑ってた。
「みなさん、最初はそうおっしゃいますよ」
って。そう言われて、ビックリだ。
でももっとビックリしたのは、マネジ達が「うん、まあ」とか「イケますね」なんて言いながら、平気でぽりぽり食べてたことだ。
逆にオレたち部員の方が、口元を押さえてダメージを受けてて情けない。
女の子、スゴイ。
けど、阿部君もきっと平気な顔で食べるんだろう。スゴイ。
「おい、あの例の苦いチョコくれた女に、お返しにコレはどうよ」
片手で口元を押さえたままの同期が、もう片方のヒジでオレの脇腹を軽くつつく。
女じゃないんだけど、と思ったけど、そんなことは口に出さなかった。
(続く)
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