Season企画小説 オレとキャンプとバレンタイン・前編 (三橋視点) コンビニのレジ袋を持って寮に戻ると、ベッドに寝転んでた同室の同期に「何買ったんだ?」って訊かれた。 「ポテチ、と、炭酸……」 説明しながら自分の机の上に置き、阿部君から貰ったチョコも置く。 同期は目ざとく金色の箱を指差して、「それは?」って訊かれたから、ドキッとした。 「ちょ……チョコ、貰った」 「えっ、女から貰ったのか? バレンタイン?」 バレンタイン、って言われて、じわっと顔が熱くなる。女の子から貰った訳じゃないんだけど、じゃあ誰からって訊かれても困るから、そこは説明しなかった。 「へーえ、どんなチョコ?」 ニヤッと笑いながら、同期が2段ベッドの上の段から降りてくる。 けど86%の高カカオチョコだって分かった瞬間、「うわっ」って目を見開いてビックリしてた。 「これ苦いんじゃねぇ?」 同期の問いに、こくりとうなずく。 「に、苦かっ、た」 あまりの苦みに涙、出た。 でももっと苦いのは、オレの気持ちの方だと思う。「好き」って思わず呟いたオレに、「泣くなよ」って苦笑した阿部君。 その後、「オレもすげー好き」って言いながら、自分のチョコをもう1つ食べてて、それ以上何も言えなかった。 このチョコが好きって意味に取られたのかな? それとも、もしかして誤魔化された? 「すげー好き」って言われてドキッとはしたけど、阿部君の顔はオレと違って真っ赤じゃなくて、だから余計に複雑だった。 「これ、慣れたら、ほ、他のチョコ、食べられなくなる、って」 阿部君から言われた言葉をぼそぼそと同期に伝えると、意外にも「何だそりゃ」って笑われる。 「つまり、他のチョコ貰わないでってコトか? その女、独占欲強ぇな!」 「ど、独、占?」 そんな風に取れるの、かな? 首をかしげながら、金色の個包装を1つ開けて口に運ぶ。86%のチョコはやっぱ苦くて、やっぱなかなか慣れそうになかった。 オレがフライングでチョコ貰った――って、翌日には野球部の中に広まっちゃった。 犯人は、勿論同期だ。 「三橋、この裏切り者!」 「お前だけはと信じてたのに!」 冗談半分でみんなに責められ、「ご、ごめん」ってキョドリながら謝る。謝ったら「謝るな! 余計にみじめになんだろ!」ってもっと大声で喚かれて、その後いつものように大爆笑になった。 野球部のみんなで騒ぐのは、すごく楽しい。 胸の内に苦い物があっても、みんなで笑ってるとそれを忘れる。 ホントは女の子から貰った訳じゃないんだ、けど。でも、好きな人から貰ったのは確かだから、結局黙っとくことにした。 「それにしても86%のって。苦くねーの?」 みんなに訊かれて、「苦い、よっ」って素直に答える。 「で、でも、あっ……そ、その人、95%の食べ、てた」 阿部君、って言いかけてとっさに誤魔化す。「あっ」って誰、ってツッコミ来るかとビビったけど、みんなにとっては95%の方が印象強いみたい。 「うわっ、95%!?」 「そりゃダークだな」 「ブラックだな」 「大人の黒い女だな」 同期は勝手なことをわいわい言ってて、それはそれで楽しそう。「紹介しろよ」って言われたけど、それは首を横に振る。 「うわ、このリア充め!」 「浮かれてねーとこが嫌味だぜ」 そんな風に軽く小突かれて笑われたけど、浮かれようがないんだから、オレにとっては当然だった。 九州キャンプの時にお土産を買えば、って勧めてくれたのは、同期のマネジだ。 「遠征先の近くに、高カカオチョコで有名なチョコ屋さんがあるのよー。行くでしょ?」 にこにこと笑いながら、軽く背中を叩かれて、「うえっ」と唸る。 よく知らなかったけど、高カカオチョコって、女子にも割と人気なんだって。95%食べてる人は滅多にいないけど、72%のはみんなで買い回ししたりするらしい。 「そのお店、カカオから直接チョコを作っててね……」 マネジはすごく楽しそうに説明した後、胸の前で両手を組んだ。 「1袋、奢ってくれたら案内するよ?」 1袋、って。いくらするんだろう? いや、お金の問題じゃない、けど。 「うわお前、やけに詳しーじゃん。狙ってたな?」 「観光に行くんじゃねーんだぞ」 「三橋犠牲にすんなよ。オレと行こう」 わいわいと騒ぐ仲間。「イヤよ」と即答するマネジに、わざとらしく嘆く同期。その内部長が「そろそろ時間だぞー」なんて言い出して、笑い合いながら練習が始まる。 いつもの仲間、いつもの雰囲気。 でもオレの気持ちだけはふわふわしてて、喜んでいいのか諦めるべきなのか、自分でもよく分かんなかった。 今まであちこちに遠征行ったりキャンプ行ったりしてたけど、阿部君にお土産渡したことって1回もない。 遊びに行く訳じゃないけど、観光をまったくしないって訳でもないし、自由時間だってちゃんとある。だから、そのお店にマネジやみんなと行くのだって、問題ない。 ただ問題は、オレからのチョコを阿部君が喜んでくれるかどうかなんだけど……。 ぽっかりと空中に浮かんだままになってる「好き」の言葉を、ちゃんと阿部君に届けたいような気持ちもあった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |