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Season企画小説
アイツと野球とチョコレート・後編
 三橋から夕飯の誘いを受けたのは、その日の夕方の事だった。いつもはカバンに入れっぱなしのケータイを、たまたま白衣のポケットに入れてよかった。
 時計を見るともう夜7時近ぇ。まだ4時か5時だと思ってたから、驚いた。野球部の練習も、確かにそろそろ終わる時間だ。
「いーぜ。けど、もうちょっと待てる? キリのイイトコまで終わらせてぇ」
 三橋に返事しながら、実験机の向こうの機械に視線を向ける。
 ちょっと前にスタートボタンを押したばっかで、当分目ぇ放す訳にはいかなかった。
 もう後10分……いや、15分くらい早く電話してくれりゃ、すぐにメシ食いに行けたのに。そういうとこ間が悪くて、運がねぇなってしみじみ思う。
 縁がねぇとは思いたくねーけど、オレと三橋、互いの状況があまりに違い過ぎて遠い。
 野球部のスケジュールは大体聞いて把握してるけど、本来三橋には寮に帰ればメシがある訳だし。オレから「メシ行こうぜ」なんて誘うのも、正直言うと気が引けた。

 結果をノートに記録すんのについ集中しちまって、結局研究棟を出れたのは1時間近く経ってからだった。
 あまりに気が逸ったんで、上着を着るのを忘れちまったけど、財布とケータイは白衣のポケットに入れて来たし、もっかい階段昇んのもタリィ。
 研究棟を出た途端寒風に吹かれ、一瞬ぶるっと震えて後悔したけど、まあいいやと思って我慢した。
「また研究、戻る、の?」
 ビックリしたように訊かれ、「おー」とうなずく。心配そうにオレの顔をちらちら見ながら歩く三橋は、オレがうっかり上着を忘れたとか、考えてもなさそうだ。
 他の奴らなら「バカだろ」みてーなツッコミがすかさず入るとこだけど、三橋はそういうセリフを言わねぇ。そんな、すれてねぇ純粋さが好きだ。
 いつもの定食屋に入り、いつも通りテーブルの向かいに座って、同じように日替わりの大盛りを注文する。
 その後ヒゲの話になって、無精ひげに驚かれて気まずかった。

 ヒゲなんて別に、伸びても剃っても変わんねーと思うけど、やっぱ印象違うんだろうか? 野球部の連中に、無精ひげのヤツはいねーのか?
 どさくさに紛れて、三橋のアゴに手を伸ばす。
 アゴクイに抵抗しねぇ、その無防備さがちょっと危うい。じわじわ真っ赤になってくのが、初々しくてちょっとヤベェ。
「……剃り跡ねーじゃん」
 言い訳のように呟きながら、指先で三橋の口元に触れる。
 うっすらと開かれた薄い唇が瑞々しく濡れてて――それにうっかり誘われる前に、店員のオバサンが来てくれて助かった。
 一瞬の劣情を隠すべく、素知らぬフリで割り箸を割り、ガツガツと食い始める。
「……美味そう、いただき、ます」
 定食を前に手を合わせる三橋を見て、それすら忘れるくらい自分が動揺してたことに、今更気付いてドキッとした。

 女子の話が出た事にも、ドキッとした。
「阿、部君は、女の子と、話、する?」
 って。
 今までそんなこと気にしたこともなかったくせに、突然何言い出すんだって焦る。もしかして、女子に告白でもされたんだろうか?
 コイツにはあんま自覚ねぇみてーだけど、プロを目指しててある程度露出の高ぇ野球部の連中は結構モテる。
 公式戦を熱心に見に行ってる女子もいるらしい。
 三橋が相手チームの打者からストライクを取る度に、観客席で甲高い歓声が上がんの、気付いてんだろうか?
 モヤモヤが募んのをメシ食うことで誤魔化して、その間に考えをまとめる。
 可能性の段階で嫉妬してる自分に気付いて、我ながら重症だなって笑いたくなった。
「うちの学部、女子あんまいねーぞ」
 オレの方の実情を話すとビックリされたけど、それはつまり、三橋の周囲にいつも女子がいるってことだ。
 話しかけられたりしねーからって、モテねぇとは限らねぇ。ただ、バレンタイン中は合宿だって聞いて、ほんの少し溜飲が下がった。

 メシ食った後は、名残惜しくても解散の時間になる。
 上着を忘れた身に2月の夜の寒風はこたえたけど、それよりもうちょっと一緒にいたくて、走ることはしなかった。
 「もうちょっと一緒にいてぇ」っつったら、三橋はどんな顔するだろう?
 オレの気も知らずにキョトンとして、「なんで?」とか訊くだろうか? それとも、無邪気に「いい、よー」って笑うだろうか?
 コンビニの店内はふわりと暖かかった。セーターに白衣を羽織っただけの体は思った以上に冷えてて、上着を忘れた失態に苦笑する。
 三橋はコンビニに着くなり、ててっとオレの側から立ち去って、ペットボトルを漁り始めて、その無情さにも苦笑が漏れた。
 アイツの1番はいつだって野球で、オレはそれを黙って見てるしかできねぇ。
 甘いようで苦ぇ恋だって、自分でも思う。
 まるで砂糖の入ってねぇチョコみてーだ。

 けど、これだって立派なチョコ、で。
 三橋の邪魔になるような真似は絶対しねーと誓うから、これからも近くにいさせて欲しいと思った。

   (終)

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