Season企画小説
アイツと野球とチョコレート・前編 (阿部視点)
卒論のための研究、いわゆる卒研は、3年の秋頃から所属が決まる。
そのまま研究室に詰め、教授の手伝いや4年の研究の見学、雑用なんかをするとこもあれば、机が足りねぇからっつって、4年が卒業するまで出入りするなと言われるとこもある。
オレの所属する研究室はどっちかっつっと後者で、4年の先輩らの卒論に目途が立ったこの前から、ようやく出入りが可能になった。
まだ必死で研究続けてる4年もいるから、空いてる机は全部じゃねぇ。つまりは早いモンがちで、研究テーマも早いモンがち。熱心に通えばその分心象もいーし、いいテーマを回してくれる。
始めたばっかで、いまは手順を覚えてる段階だけど、オレが夢中になんのはすぐだった。
幸い後期試験も終わって、後は結果を待つだけだ。他の連中は就活やら旅行やら、合宿免許やらで騒いでっけど、オレは目下、自分の研究にどっぷりだ。
朝起きて適当にメシ食って、それから夜まで研究室に籠る毎日。
4月からはまた講義や実習が入るから、こんなに集中できんのは今しかねぇ。4年の先輩らに寝袋持参の人がいたのも、納得できる環境だった。
そんなオレを唯一、未だにメシに誘ってくれんのが三橋だ。高校ん時に野球部でバッテリーを組んでた投手。
研究がしたくて理系を目指し、野球を趣味で終わらせたオレと違って、野球を職業にしようとしてるスゲーヤツ。
出会った頃は170cmにも見たねぇチビで、ヒョロくていかにも頼りねぇヤツだったけど、思った以上にスタミナはあるし、根性もあった。
野球が大好きで、練習も大好き、努力すんのをちっとも苦に思わねー性格。従順なだけじゃねーんだって分かってからは、三橋の良さにじわじわ気付いて、いつの間にか惹かれてた。
好きだと思う気持ちは、決して純粋なだけじゃねぇ。
離れてぇとは思わねーけど、近付くような気にもならねぇ。いつも三橋との距離を測り、それを保ちてぇと思ってた。
だって、アイツはプロになるんだから。
何よりも野球が好きな三橋には、野球の事だけ考えてる生活が似合う。
そりゃ、いつかは道が分かれる日が来んのかも知んなかったけど――今だけはトモダチの距離を守って、そっと近くにいたかった。
ある朝、独り暮らしのワンルームから原チャリで大学に向かってると、野球部の集団と出くわした。
もう2月だっつーのに練習着にウィンドブレーカーだけを羽織った格好で、並んで元気にジョギングしてた。多分、離れた敷地にある専用グラウンドに行くんだろう。
三橋もいる。
薄着で寒くねーのかと思ったけど、吐く息は白いのに顔は赤くて元気そうだ。じっと見ると三橋もオレに気付いたみてーで、すれ違う直前、遠慮がちにてを振って来た。
別に、大きく手ぇ振ったって大声で「おはよー」とか言ったっていいと思うのに。野球以外では遠慮がちなとこ、相変わらずで可愛い。
ふっと笑って後ろ手を挙げ、寒風の中キャンパスに向かう。
駅から遠いのは、出掛けねーから別にいーけど、大学まで地味に遠いのがもどかしい。野球部の寮くらい近くに住めればいーのになと思った。
やっぱ、早々に寝袋を探しとくべきか?
真剣に考えてる内にキャンパスに着き、駐輪場に原チャリを置く。駐輪場には違う研究室に通う同期が同じく自転車を止めに来てて、「よお」と短い挨拶をした。
「お前、下、白衣かよ」
同期にゲラゲラ笑われて「まーな」と返す。
笑うヤツは多いけど、研究室にずっと置きっぱなしにするより、着て帰った方が楽だし、たまに洗濯しようって気持ちになる。
独り暮らしの男子学生の白衣がキレイなのは1〜2年の内だけで、着慣れるにつれて大事にしようって気持ちも薄くなり、つい放置しがちだ。
結果、どんどん黒ずんだり、シワシワになったりする。勿論そいつらは極端な例だけど、オレ自身大ざっぱな自覚はあるから、放置するよりいつも着てた方がマシだろうって考えだ。
野球のミットやバットの手入れはいつも欠かさなかったのに。研究大事といいつつ、その研究に着る白衣を大事にしねーのはおかしいのかも知んねぇ。
けど、白衣で研究する訳じゃねーし、白衣が大事な訳でもねぇ。
これはただの、汚れ防止のための実習衣で……だから三橋に「格好いい」とか言われる度に、気恥ずかしかった。
野球は趣味でって決めたのは随分前なのに、野球部の集団に混じる三橋を見ると、時々叫びたくなるくらいもどかしい。
仲間と仲良さそうに笑ってる三橋を見るたび、うまくやってんじゃんってホットすると同時に、ものすげー嫉妬心が湧いてくる。三橋の前に座るのはオレでありたい。
けど野球と理系のカリキュラムとは両立すんのが難しくて、結果、三橋との野球を諦めるしかなかった。
きっと今も、プロになるために練習してるんだろう。
もうすぐどこかに合宿に行くハズだ。それが終わればオープン戦で、オープン戦の後は日本一を懸けたリーグ戦になる。リーグ戦の後にはドラフトで――。
着実に1歩ずつ進んでるだろう三橋を、オレは観客席から見守るしかねぇ。
甲子園の時にも既に人気のあったアイツだから、この先はきっと、もっと注目されるだろう。
そんな三橋を応援しつつ、遠くなったなって、寂しく思うのも事実だった。
(続く)
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