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Season企画小説
彼と白衣と無精ひげ・後編
 阿部君の無精ひげにドキッとしたのは、案外似合ってて大人っぽいのがショックだったからだ。ますます遠い人みたい。オレはほとんど生えないから、余計にそう思うのかも。
「ヒゲ、伸ばすの……?」
 無意識に自分のアゴを触りながら訊くと、「いや?」ってあっさり否定された。
「剃んの面倒で、つい」
「め、面倒、って」
 思わずツッコむと、ふっとニヒルに笑われた。
「お前はいーよな、全然剃らなくていーだろ?」
「ぜ、全然、じゃ……」
 ない、けど。ごにょごにょと付け足すと、にゅっと大きな手が伸びて来て、アゴを触られてギョッとした。

 カーッと真っ赤になるオレをよそに、阿部君の手がオレのアゴに添えられる。
「剃り跡ねーじゃん」
「そ……っ」
 動揺し過ぎて何も言い返せないでいると、あっけなくその手は離れてった。
「はい、日替わり大盛り2つねー」
 そんな言葉と共にテーブルにトレーが置かれ、ふわんと食べ物のニオイが漂う。
 今日の日替わりは唐揚げとミニコロッケだったみたい。
「う、美味そう。いただきます……」
 小声で呟いて手を合わせ、ギクシャクと割り箸を割る。恐る恐る目を向けると、阿部君はいつも通りの様子でばくばく食べてて、動揺なんてしてなかった。

 意識してんの、オレだけみたい。
 阿部君にとって、ああいうやり取りって気にする事でもないのかな? もしかして、他の人ともいつもやってる? ……女の子とも?
 女の子にヒゲの剃り跡なんてないと思うけど、別の意味かも知れない。よく分かんない。
「阿、部君は、女の子と、話、する?」
 思わずぼそりと訊くと「はあ?」って不思議そうな顔をされて、嫉妬を見透かされたみたいで気まずかった。
 しばらく無言でむしゃむしゃ食べてた阿部君だったけど、味噌汁をごくんと飲んだ後、ぼそりとその問いに答えてくれた。
「うちの学部、女子あんまいねーぞ」
 って。
「女子は女子だけで固まってて、基本あんま関わんねーな。まあ実習の班で一緒になりゃ話すけど」

「そ、そん、だけ?」
「他に何の用があんだよ?」
 不機嫌そうに訊き返され、慌ててぶんぶん首を振る。
「お前の方が女子と交流あるだろ? バレンタインだって相当貰えんじゃねーの?」
「な、ないっ、よっ」
 首と共に両手も更に振ると、「そーか?」って言われた。
「ま、毎日寮とグラウンドの往復、だし。ば、バレンタインは合宿、だし」
 つっかえながら言うと、阿部君も納得したみたい。
「まあ、そらそーだよな」
 ニヤッと笑いながら肯定されて、分かって貰えて嬉しかった。

 その後は、九州キャンプの話になった。
「合宿、どこ行くの?」
「み、宮崎。12日から、10日間」
 オレの説明に、「へー」と短く相槌を打つ阿部君。
「試合はすんの?」
 とか。
「トレーニング順調か?」
 とか。久々に野球の話に乗ってくれて、なんだか嬉しい。ずっと遠く感じてた阿部君が、今日はちょっと近くに感じる。
 阿部君のいないグラウンドに立って4年。阿部君はもう野球サークルも引退して、研究一筋になっちゃったけど、オレが野球を辞めない限り、野球の話がこうしてできる。
 じゃあ、野球を辞めたら? ……そんな疑問がふっと湧いたけど、慌ててぶんぶん首を振って、怖い想像は打ち消した。

 食事の後、ゆっくりとキャンパス内を歩きながら、阿部君の研究棟まで一緒に向かった。野球部の寮は校舎群よりも更に奥にあるから、問題ない。
 むしろ、びゅーびゅー風が強くて、そっちの方が気になった。セーターの上に着た阿部君の白衣が、風に煽られてぱたぱたなびく。
「寒くない、の?」
 見てるオレの方が寒いと思ってそう訊くと、「そりゃ寒ぃーよ」ってあっさり言われた。
 寒いと言いつつ、堂々と背筋伸ばして歩いてるから、ちっとも寒そうに感じない。そういうとこすごく格好いいけど、風邪ひいたら大変だし、無茶しないで欲しい。
「じゃ、じゃあ、急いで」
 いっそ走って行こうとしたけど、「いーから」って腕を引かれて歩かされる。
「コンビニ寄ろうぜ」
 学内コンビニの明かりを差して誘われて、オレは勿論うなずいた。

 学内コンビニっていっても、コピー機が3台並んでるのが珍しいくらいで、ラインナップは外のコンビニとそう変わらない。
 試験もとうに終わった後だから、コピー機に行列もできてないし、お客は誰もいなくて静かだった。
 自動ドアを入った瞬間、温かい空気に包まれて、ホッとする。
 ついでにおやつも買っておこう。そう思ってお菓子コーナーを覗き、ペットボトルのずらっと並んだ飲料コーナーも覗き込む。
 阿部君はホットコーヒーを飲むみたい。
「ブラック1つ」
 レジで注文するのが聞こえて、やっぱり寒かったんだなと思った。
 イートインコーナーには、ちらほらと人がいた。みんな白衣を着てて、研究棟の人だって一目で分かる。普通は白衣の方が珍しいと思うのに、ここではオレの方が少数派だ。
 無造作に椅子に座って、紙コップに口を付ける阿部君をそっと眺める。オレも無糖炭酸を1個買ったけど、今は寒いから飲む気がしない。
 こんな風に向かい合ってコーヒーを飲むのって、滅多にない、な。そう思ってぼうっとしてると、「これ」って金色の四角い箱を渡される。

「こ、れ?」
 見ると、カカオ86%って書かれてて、高カカオチョコだって分かった。
「バレンタイン。合宿予定のお前に、カワイソーだからチョコやるよ。それで我慢しとけ」
 ニヤッと笑われて、どうリアクションすればいいのか、とっさに分かんなくて困った。
 バレンタインって、喜んでいい? それともカワイソーの一言に嘆くべき? オレ、物欲しそうにしてたかな? っていうか、高カカオチョコって、苦くない?
「う……ふえ?」
 キョドキョドと視線を巡らせ、言葉に詰まってあわあわと戸惑う。
「今日からはそれ食いな。それに慣れたら、女からのチョコなんか甘ったるくて食えねーぞ」
 阿部君はまたニヤリと笑って、もう1つ焦げ茶色の箱をレジ袋から取り出した。それには95%とか書かれてて、ギョッとする。
 無造作に箱を空け、中から個包装を1個取り出して、ぽいっと口に運ぶ阿部君。平気な顔でバリボリ咀嚼する様子は、ちっとも苦くなさそうだ。

 寒いのに寒そうに見せないとこも、苦い物平気で食べるとこも、格好いいなぁって思った。
 オレもつられて金の箱を空け、中の個包装を1個取り出す。アルミの袋を開け、小さなチョコをぽりっと噛むと、想像以上に苦くて――。
 でも、チョコ、で。
「好き……」
 思わず呟くと同時に涙がこぼれて、「泣くなよ」って笑われた。

   (終)

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