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Season企画小説
彼と白衣と無精ひげ・前編 (2019バレンタイン・大学生・両片思い)
「バイク」「白衣」「ブラック」がテーマのバレンタインの話を作ってください。https://shindanmaker.com/263068 より。



 野球部の寮を出て、500m先の野球部専用グラウンドまで、みんなでジョギングしながら向かってると、1台のバイクとすれ違った。
 革ジャンのスソから白衣をなびかせ、びゅおーっと通り過ぎる阿部君。今から研究室に向かうのかな?
 すれ違う寸前に軽く手を振ると、阿部君もちらっと後ろ手を上げてくれて、会話はないけど胸の奥がほんわかした。
 阿部君は、高校時代に一緒にバッテリーを組んでた相手だ。
 オレが投手で、阿部君は捕手。阿部君は推薦じゃなくて受験組だったけど、同じ大学に入ったんだから、てっきり野球部にも入るものだと思ってた。
 それが誤解だと気付いたのは、入学してすぐのこと。
 新入部員全員が入寮を済ませても、新入部員歓迎会が終わっても、阿部君の姿はそこになくて、すごくすごくビックリした。
 後で電話して「なんで?」って訊いたら、『野球サークルには入るつもりだ』って。
 野球サークルは野球部と違って、プロを目指す訳でもないし、公式戦ってものもない。練習試合はするけど初心者も多くて、野球を楽しむサークルなんだって。

 野球部のオレたちだって、野球を楽しんでない訳じゃない。けど。
『理系は午後に実習があるし、練習優先にはできねーよ』
 そう言われると、納得して引き下がるしかなかった。

 考えてみれば、あれからもう4年だ。春からは新4年生、誰にとっても大事な時期になる。
 オレは秋のドラフトだけを考えて練習する毎日だけど、プロを目指さない人達は、もう就職活動してるんだって。
 阿部君はどうなんだろう?
 就活スーツを着る阿部君の姿を想像すると寂しいけど、白衣姿で闊歩する姿も、遠い人みたいで寂しい。格好いいけど、遠くて寂しい。
 来年の今頃はどうなってるんだろう? そう思うと、なんだか怖くなってきた。
 野球を趣味で終わらせても、阿部君の格好よさやスゴさはちっとも色褪せない。今も生き生きと卒論のための研究を始めてて、格好いいなぁと思う。
 集めたデータをもとに研究するのが好きなとこ、相変わらずだ。
 研究の対象が野球の対戦相手じゃなくなっただけで、阿部君の本質は変わらないのかも。
 けど、その阿部君を遠く感じるのも事実で――。片思いなんだなぁと、しみじみ実感させられた。

 午前の練習の後は昼食を挟んで、来週からの九州キャンプの話になった。
 毎年2月に行われるキャンプ、日程も年によってまちまちだけど、今年は2月12日から10日間だ。
 キャンプ中は練習練習の毎日だけど、地元の大学と練習試合したり、地元の小学校で野球教室を開いたりもする。
 全員が参加する訳じゃないんだけど、春からの1軍入りを目指すなら、参加するのは欠かせない。勿論オレも、1軍残留を目指して参加する予定だった。
「今年はバレンタインもキャンプになるけど、どうせお前らには無縁だし、いいよな」
 コーチのそんな言葉に、「ヒデェ」って口々に抗議があがる。
 でもバレンタインに無縁なのは事実だから、反論できない。そりゃ中には裏切り者もいるけど、基本的に野球野球の毎日だし。デートする暇もないから、すぐに振られるのが常だった。
「マネージャーの愛を期待しろ」
「期待するなら、キャンプ中の態度で示してください」
 コーチの冗談に、すかさずチーフマネージャーのツッコミが入る。それにみんなが「うげぇ」とうめいて、それから大爆笑になった。

 野球部員同士の、こういう雰囲気が好きだ。すごく楽しい。阿部君がいないのは寂しいけど、その事実にもいい加減慣れた。
 けど――。
 バレンタイン。阿部君は、今年誰かからチョコを貰うんだろうか? 同じ研究室の女子から? それとも無関係の女子から?
 バレンタイン当日、オレは九州で。近くにいられない分、そわそわして落ち着けそうになかった。

 練習が終わった後、久々に阿部君に電話した。時刻は午後7時。校舎はほとんど真っ暗だけど、研究棟には明かりがいっぱいついてて、阿部君もいるかなぁって思った。
「夕飯食べ、た? ま、まだなら、一緒、に」
 寮に帰れば夕飯はあるけど、たまに外食しても怒られないし、ダメ元で誘ってみる。
 阿部君は電話に出てから時計を確認したらしく、『もうそんな時間か』ってぼやいてた。
『いーぜ。けど、もうちょっと待てる? キリのイイトコまで終わらせてぇ』
 そんな申し出に、「いいよー」とうなずく。
 終わったら電話を貰う約束して、オレもそのまま寮に帰り、シャワーを浴びて普段着に着替えた。
 夕飯いらないって寮の食堂に申し出ると、「デートか?」って訊かれた。
「もしや裏切り者1号か!?」
「バレンタインの前倒しじゃねーだろうな?」
 同期に口々にからかわれ、「ない、よっ」って真っ赤になりながら否定する。好きな人との食事ではあるけど、片思いなんだからデートじゃない。
 食事する場所も、きっと近所の定食屋かラーメン屋だろうけど、一緒にいられるだけで、十分だった。

 阿部君からの電話があったのは、それから1時間後のことだった。
 忘れられてるんじゃないかってヒヤヒヤしたけど、キリのイイトコまでなかなか終わらなかったみたい。
「ワリーな、つい時間忘れちまって」
 苦笑しながら謝る阿部君は、セーターの上に白衣を羽織った格好のままだ。バイク乗ってた時の革ジャンも着てなくて、またすぐ研究室に戻るみたい。
 遠くに食べに行くつもりも、長居するつもりもないんだろう。
「また研究、戻る、の?」
 一緒に夜道を歩きながら訊くと、「おー」と当然のようにうなずかれる。
 研究第一で、何よりも優先にしてるとこは相変わらずで格好いい。けど、その対象が野球じゃなくなったのが、やっぱりどうしても寂しかった。
 入ったのは、校門を出てすぐのとこにある定食屋。互いに「日替わり、大盛り」って頼んでから、お絞りで手を拭く。
 明るいトコで向かい合うと、阿部君の顔には無精ひげが生えてて、似合ってるけどビックリした。

(続く)

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