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Season企画小説
キラキラの抱負・6
 なしくずし的に後部座席に乗せられた、三橋のオバサンの車の中は、車種が変わってねーこともあって、気まずいながらも懐かしかった。
 シートの上に乗せられた敷物も、無造作に置かれたティッシュのカバーも、記憶の中と同じだ。
「……何も変わってないんスね」
 思わずぼそりと呟くと、「ええーっ、変わったわよぉ」ってのんびりした口調で言われた。
「阿部君のことちっとも口にしなくなったし、何ていうか、ストイックっていうの? まあ、前から野球が1番ってとこはあったけどさ」
 ふふふ、と笑うオバサンの言葉に、ひやりと胸が凍る。
「前は、『野球』の中に阿部君もいたのにね」
「前は……っスか」

 ぼそっと呟いた相槌が聞こえたのかどうかは分かんねぇ。ただオバサンからのリアクションはなくて、オレは呆然と車窓の外に目をやった。
 捕手からリード貰えるのが嬉しいっつってた三橋。
 オレと一緒ならどこまでも行けるって、真剣な顔して言ってた三橋。
 オレを上目遣いで見て、照れ臭そうに笑ってた三橋。
 オレの後ろを走る三橋。オレにボールを投げる三橋。後輩捕手と組んで練習してる時も、いつも視線でオレのことを探してた三橋。
 笑う三橋。
 笑わねー三橋。
『先輩は……』
 さっき言いかけて、結局聞けなかった言葉の続きが気にかかる。
 三橋はオレのこと、どう思ってた?
 前だけ見てるんじゃ、ダメなのか?

 ぐるぐる考えてる内に、車が停まった。ハッとして外に目をやると、見慣れたうちの門が見える。
「着いたわよ〜」
 のんびりしたオバサンの声に、「すんません」って頭を下げながらシートベルトを手早く外す。
「送って貰って助かりました。ありがとうございます」
「いえいえこっちこそ、せっかく来てくれたのに、お構いもできなくて。ごめんね〜」
 緩い謝罪に、「いえ」と首を振る。
 正直、三橋の対応はショックだったけど、責める権利なんかなかった。ただ、このままでいいとも思えねぇ。
 もっかい……そう、もっかい、三橋に会わなくちゃいけねぇ。
 ちゃんと話をしてぇと思った。

「阿部君、野球頑張ってね。レンも何だかんだ言って、応援してんだからさ」
「そう……っスか?」
 オバサンのそんな言葉は、三橋のあの態度を見た後じゃ気休めにしか聞こえなかったけど。
「阿部君の試合結果とか、しつこいくらいチェックしてんのよ。おかしいでしょ」
 あはは、と笑うオバサンに、「そうっスか」って短く返す。
 冷え冷えに沈んでた気持ちが、たったそんだけの暴露話に温まる。
 もしかしたら、完全に手遅れじゃねーのかも知んねぇ。胸に湧き上がったのはそんな、都合のいい予感。けど、今はそれにも縋りてぇ思いだった。
「……また、近いうちに伺います」
 ドアを閉めて深々と礼をすると、オバサンは変わらねぇ調子で「うん、またね」っつって去ってった。
 路地を曲がってくボルボを見送って、ひとつため息をつく。

 朝は意気揚々としてたっつーのに、今日1日でテンションが下がったり上がったり忙しい。
 試合ん時より、ドキドキさせられた気がする。
 けど、それも悪くねぇ。

 見慣れた門を抜け、玄関でピンポン鳴らしてドアを開けると、弟が目の前の階段をとんとん降りて、「あれ」って不思議そうに声を上げた。
「兄ちゃん、早いね。今日成人式じゃなかったの?」
「あー」
 靴を脱ぎながら適当に返事して、構わずズカズカとダイニングに向かう。そこには珍しく両親が揃ってて、弟と同じようなことを言って来た。
「あら、ご飯食べて来るんじゃなかったの?」
「なんだ、仲間割れでもしたか?」
 ニヤッと笑う親父に取り敢えず「違ぇよ」と返し、コートを脱いでリビングのソファの背もたれにかける。
「ちゃんとハンガー使いなさい」
 母親の小言が飛ぶけど、今は2階に上がる気にもなれねぇ。「ああ」と返事してネクタイを緩め、ソファの上にドカリと座った。

「仲間割れじゃねーなら、三橋か? お前ら、すっぱり切れちまったよなぁ」
 ズバッと確信を突かれ、ぐさっと来たけど、自業自得みてーだから仕方ねぇ。
「切れてねーよ」
 心の中で「まだ」って付け足して、ポケットからケータイを取り出す。
「そうかぁ?」
 からかうような親父のツッコミ。
「三橋さん、ホントすっぱりうちに来なくなったよね」
 弟からの正直なコメント。おまけに「寂しいわぁ」って母親の言葉も聞かされながら、オレは黙ってケータイのアドレス帳をタップした。

「……オレ、三橋を振り回してたと思うか?」
 メールを立ち上げながらぼそりと訊くと、3者3様に「何言ってんだ」って言われた。
「オレは忠告したハズだけどな」
 とか。
「兄ちゃん、先輩だからって横暴過ぎだったよ」
 とか。親父と弟とに口々に責められるのを、甘んじて受け止めて「そーだっけ」と返事する。
 自覚がねーのが1番の問題かも知れねーとは思うけど、過去は過去だし、それは今後の教訓にするしかねぇ。
「兄ちゃん、三橋さんがいつも側にいるって思い込んでなかった? あんま無神経だと、愛想尽かされるよ」
「もう尽かされたんじゃねーか?」
 弟の言葉にダメージを受けたところに親父のツッコミが入って、ますます傷が抉られたけど、それも多分自業自得なんだろう。

 たかが高校時代の後輩1人、愛想尽かされようが痛くも痒くも何ともねぇ。けど、それが三橋だとすると話は別で――。
 三橋がただの後輩エースじゃなかったんだって、今頃ようやく思い知った。

(続く)

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