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Season企画小説
キラキラの抱負・4
 三橋からのメールは、お好み焼き屋でのOB会がお開きになっても届くことはなかった。
「この後、大宮で飲み直さねぇ?」
 水谷の提案に、同期が「そーだな」っつって、ぞろぞろと駅の方へと歩き出す。けどオレは、とてもそんな気分になれなかった。それより、三橋のことが気になった。
「ワリーけど、オレは帰る」
 オレの宣言に、「そーか」って一瞬残念そうにはしてたけど、花井も水谷も他のみんなも、「頑張れよ」って手を挙げて、オレを送り出してくれた。
 三橋とのことを言われてんのかと思ってドキッとしたけど、それは邪推だったみてーだ。
「TV出るときは教えろよ」
「来季は1軍になれるといーな」
 肩や背中をパンパンと叩かれ、野球かよ、って苦笑する。
 ほんの昨日まで野球のことしか頭になかったっつーのに、今は別のことでいっぱいなの、自分でもどうかしてると思った。
 けど、オレのプロ入りの前には、一緒に戦ってくれた後輩エースの存在があったんだから、気になって仕方ねーのも無理はねぇ。

「阿部先輩、よかったら送りましょうか?」
 車で来たらしい1コ下の後輩の言葉に、「おー、頼む」と素直にうなずく。
「先輩んちってどこですか?」
「いや、まず三橋んちに行ってくれ」
 駐車場に向かいながら行先について告げると、一瞬ビックリしたような顔されたけど、特には何も言われなかった。
 代わりに声を上げたのは、サッとオレらの前に回り込んできた田島だ。
「先輩、三橋んち行くんスか?」
 バッターボックスに立ってた時みてーな、鋭い目で見られてドキッとする。
 記憶にあるより少し大人びた田島の顔からはソバカスが消えてて、目線は随分上になってて、それにもちょっと驚いた。
「お前……背が伸びたな」
 思わず正直な感想を漏らすと、「レンも伸びましたよ」ってすかさず言われた。

 田島が「レン」って三橋の名前を読んだことに、なんでかジリッと胸が焦げる。名前呼びなんか別に珍しーことじゃねーのに、疎外感を感じてモヤモヤが募る。
 言うべき言葉が見つかんなくて、立ち止まったまま黙ってると、「先輩」って田島に低い声で言われた。
「レンを振り回すの、やめてください」
「はっ?」
 非難めいたこと言われるとは思ってなかったからムカッとした。振り回してるつもりはなかったし、何言ってんだって思った。
 けど、怒鳴り付けようと開いた口が、何も言わねーまま力なく閉じて行く。
 オレは三橋を振り回してたんだろうか?
 自分じゃそんなつもりなかったけど、周りから見たらそう見えたんかな?
 ……三橋はどう思ってた?

「レンのこと泣かしたら、いくら先輩でも許さねーから」
 鋭い目のまま挑戦的な言葉をぶつけられ、不覚にも一瞬怯む。
「おい、田島。失礼だぞ」
 一緒にいた後輩が間に入ってくれたけど、田島は謝らなかったし、オレも謝って欲しい訳じゃなかった。
「泣かさねーよ」
「約束っスよ」
 田島に「ああ」とうなずき返し、促されるまま後輩の車の助手席に乗り込む。
 他の後輩が手を振ったり会釈したりして見送ってくれる中、田島だけはじっとオレの方を睨んでて、腹の奥が重くなった。

 田島がああ言うからには、やっぱそれなりの理由があるんだろう。
 けど、三橋を振り回してたとしても、イマイチ覚えがなくて焦る。いつ? どんな風に? やっぱ、朝練を断ったのが悪かったのか?
 いくら考えてもそれ以外に思い当たることはねーんだけど。他にまだ何かあんのかな?
 勉強見てやってたのが悪かったのか?
 三橋んちに入り浸り過ぎだったか? でも三橋だってオレんちによく来てたし、バッテリーだけで話し合うことも多かったんだから、普通だよな?
 いや、確かに花井とはそんな、互いの家に行ったりはしなかったけど――同じ学年だし、意思の疎通も問題なかったんだから、不要だろう。
 三橋の場合は、あのメンドクサイ性格があったから――。
 メンドクサイなりに従順ではあったけど――。

『先、輩っ』
 つっかえ気味にオレを呼び、頬を染めて駆け寄ってきた後輩のことを思い出す。
「……なあ、オレ、三橋を振り回してたっけ?」
 運転席の後輩にぼそりと尋ねると、後輩は前を向いたまま、「まあ……」っつって言葉を濁した。
「何つーか……必死だなーって思う時はありましたね」
「必死? 誰が?」
 意味が分かんなくて訊き返すと、「三橋がですよ」って答えられた。
「先輩がどんどん先行っちゃうから、見失わねーよう必死に追いかけてる、っつーか。先輩、ドラフトの後からいきなり人気者になっちゃったし、大好きな先輩を盗られるみてーな焦りもあったんじゃねーっスかね?」

「盗られるって。オレは所有物じゃねーっつの」
 苦笑するオレに、「そーなんスけどね」と返す後輩。続ける言葉が思い付かなくて、気まずい沈黙が狭い車内の中に漂う。
 やがて見覚えのある景色が目の前に広がって、三橋んちが見えた瞬間、ドキッとした。
「サンキュー、助かった」
 後輩に礼を言い、車を降りる。
「ここでいーっスか? 待っときましょーか?」
 気を遣ってそんなことを言ってくれたけど、話がすぐ終わるとは限んねーし、断った。
 後輩の車に背を向けて、懐かしい植込みの間を抜け、デカい引き戸の玄関に向かう。
 ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすと返事はなかなかなかったけど。

 もう1回、もう1回、ってピンポン鳴らし続けると、数分後に「……は、い」って声がして、引き戸のすりガラス越しに三橋の姿がぼんやりと見えた。

(続く)

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