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Season企画小説
キラキラの抱負・3
 しばらく練習を見学した後、モモカンを誘って近くのお好み焼き屋でメシを食おうってことになった。
 なんでお好み焼きかっつったら、座敷があるからみてーだ。
「後輩らにも、一応声掛けたから」
 そういう花井は、割と後輩らともマメに連絡取り合ってるらしい。会場をささっと予約したトコといい、相変わらずだなと思った。
「さすがキャプテン、頼りになるな」
 正直に称賛すると、花井は「キャプテンじゃねーよ」とちょっとイヤそうに顔をしかめた。
 その花井が声を掛けたのは、オレらが3年の時の1年と2年。
「つってもこの時期だし、何人集まるか分かんねーぞ」
 そう言われれば確かに、呼び出して集まるにはビミョーな時期だ。三橋らの学年は大学受験の真っ最中だし、その上の学年はっつーと大学生だけど、埼玉在住とは限らねぇ。
 オレ自身、寮生活だし。いきなり呼び出されたって、すぐに来れるとは思えなかった。

 お好み焼き屋は、高校から7、8分歩いたとこにある大通り沿いの店だった。割と近くにあんのに、食いに来た覚えがねぇ。
 けどそれはオレだけだったみてーで、卒業式の後、みんなで何度か集まったりもしてたようだ。
 初耳だと思って「はあっ!?」ってなったけど、考えて見りゃ当時はオレも余裕がなかったし、呼ばれても不参加だったのは確実だから文句も言えねぇ。
「三橋とか田島とか、よく呼んでここで食ったよな」
「あいつら、驕りでも容赦なく食うよな」
 みんながゲラゲラ笑いつつ思い出話を語るのを、「へー」と相槌打ちながら聞く。
 花井らに呼ばれて、お好み焼きを食う三橋。田島と競い合うように、大口開けて食う三橋。その様子が簡単に想像できんのに、その場に自分がいねーことに愕然とする。

 この2年、自分のことで精一杯だったし、野球以外のことなんて考えられる余裕もなかった。
 そんな生活に後悔はねーけど、自分のいねーとこで何が起きてたか全く知らなくて、今更焦る。
 モヤモヤしてジリジリして仕方ねぇ。
 この気持ち悪さの理由は、三橋の顔を見りゃハッキリするんだろうか?
 いや、音信不通だったのは三橋だけじゃねーんだけど、なんでか今浮かぶのは、三橋の名前だけだった。

「三橋は来んのかな……?」
 思わずぼそりと呟くと、なんでかみんなが一斉にこっちを振り向いた。
「さあ、アイツなら推薦決まってそうだけどな」
 花井の言葉に、「だよな」とうなずく。
 赤点回避のため、よくマンツーマンで数学を教えてやってたけど、アイツの理解力には手を焼いた。数Tであれなら、その先はもっと大変だったに違いねぇ。
 学力勝負で受験するより、推薦貰って野球で勝負する方が、いいとこ狙えるだろう。
 三橋より球威も球速もある投手なんて、うちのチームにもいっぱいいるけど、アイツほど野球に対して努力できるヤツはそういねぇ。
 制球力も、球種の多さも、全部その努力に裏打ちされた実力だ。オレは三橋のその「努力できる才能」に惚れ込んで――。

 ドクン、と心臓がふいに音を立てる。
「ちわっ」
 座敷の入り口で声がして、ハッとそっちに顔を向ける。
「ちわっ、お久し振りっス!」
「ちわっ」
「ちわっ……」
 次々に現われる後輩、次々にかけられる挨拶。
「阿部先輩、お久し振りっス」
 目の前に座る後輩に、「ああ……」とうなずく。焼けた鉄板の上で、お好み焼きが焼き上がる。
 一気に騒がしくなった座敷を呆然と見回したけど、そこにあの茶色い癖毛頭は見当たらねぇ。特徴的なとつとつと喋る声も、やっぱ聞こえては来なかった。

「三橋は……?」
 ぼそりと訊くと、目の前の後輩に「さあ?」と首をかしげられた。
「おーい田島、三橋来ねーの?」
 ソイツの視線の先を追い、田島の存在に気付く。
 オレらが3年の時の1年、三橋と同じ学年で三橋と仲の良かった天才アベレージヒッターは、オレの顔をちらっと見て、「欠席っス」と首を振った。
 別に強制参加じゃねーんだし、来るも来ねぇも自由だ。急な呼び出しだったし、今日は休日だし、都合のつかねぇこともあるだろう。
 けど、なんでかショックだった。
 三橋と仲の良かった田島が来てる分、三橋の不在が際立って見える。
 田島がオレの方をじっと見てんのも気になった。

 ふと思いついて、スーツのポケットからケータイを取り出す。
――来ねーの?――
 三橋に向けて短いメールを送信したけど、返事はねぇ。
 その内グラスが回って来て、「どーぞ」って声と共にビールが注がれる。立場上、あんま酒は……って思ったけど、なんだか胸ん中がモヤモヤでいっぱいで、うまく断り切れなかった。
「じゃあ、1杯だけ」
 妥協案を口にして、乾杯の音頭にグラスを掲げる。
「新成人を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
 花井のセリフを復唱し、黄色い炭酸をぐっとあおるとスゲー苦くて……目の前でウーロン茶を飲んでる後輩が、スゲー羨ましく思えた。

 ここに来りゃ会えるって当たり前のように思ってたけど、それは当たり前じゃなかったんだな。
 考えてみりゃ、三橋の顔を見るときは、いつもあっちから挨拶に来てた。
 引退後も、勉強を教えてくれって頼みに来たのも三橋だし、一緒に走らねーかって来たのも三橋。
 うちでメシ食ってくこともあったけど、それだって三橋がオレんちによく来てたからで――。

 三橋とぶつりと連絡が切れたのは、オレが球団の寮に入ったからだって思ってた。
 時期としても一緒だったし、他の連中とも連絡取ってなかったから、別に疑問にも思わなかった。
 けど、もしそうじゃねーなら……?
 イヤな予感に、飲み下した酒の苦みが混じる。どうしようもなく胸焼けがして、今はいつもの愛想笑いすら浮かべられる気がしなかった。

(続く)

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