Season企画小説
キラキラの抱負・2
三橋の名前が出ると同時に、みんな口々にアイツの話をし始めた。
「三橋のビビりには参ったよなぁ」
「後ろから肩叩いただけで、飛び上がってたな」
「チームメイトに話かけるだけで、あんなに気ィ遣ったの初めてだったぜ」
しみじみと語ったり、ゲラゲラ笑ったりして、三橋の思い出話を次々重ねる。
オレらが3年の時の1年生エースは、かなり印象深かったみてーだ。専任投手の入部に一番喜んでたのは、それまで投手をやらされてた花井だっただろうか。
勿論オレだって嬉しかった。ストライクゾーンを9分割で投げられるコントロール、球種の多さ、何よりオレに従順だったとこが、投手として理想的だった。
アイツにとっても、的確なリードをしてくれるオレは、理想的な捕手だったらしい。
一緒に行った甲子園で、そんなに上位までは行けなかったけど、あん時の活躍があってこそ、今のオレがある。
全部三橋のお陰だっつったら大袈裟かも知れねーけど、アイツがいなきゃ、今こうしてプロになれてたかどうかは分かんなかった。
「オレはてっきり三橋は阿部を追い駆けて、ドラフト受けると思ったけどなー」
栄口の言葉に、他の連中も「そーだな」ってうなずく。
「そうそう、阿部の大ファンだったよな」
「いやあ、あれはファンっつーより信奉者だろ」
誰かのツッコミに、みんなが一斉にドッと笑った。
「信奉を捧げるにしちゃ、黒過ぎだけどな」
「うるせーよ」
軽口に軽いキックを返そうとしたけど、それは見事によけられた。
信奉って言われてもピンと来ねーけど、「オレを信じろ」とは何回か言った記憶がある。
「信じて投げろ」って、そういやプロに入ってから、そんな言葉を投手に向かって言ってねーなと思った。
「阿部の自主練にも付いてってたんじゃなかったっけ?」
「そうそう、ちょうど今頃なー」
「ああ……」
そう言われると、そんなこともあったなと思い出す。
みんなが受験の追い込みに忙しいこの時期、オレは近々参加するだろう新人キャンプに備え、ひたすら自主練を重ねる毎日だった。
走り込みと基礎練がメインではあったけど、プロの同期が揃うキャンプで後れを取る訳にいかねーし。ストイックに自主練を続けたかった。
その自主練……っつーか、朝練だけだったけど、三橋が懸命に参加しようとしてたのは確かだ。
『せ、先輩。オレも、い、一緒に走っていー、です、か?』
上目遣いでおどおどと質問してくる、かつての様子が脳裏に浮かぶ。
地味な練習を重ねんのは嫌いじゃねぇ。地味な練習を厭わねーヤツも嫌いじゃねぇ。三橋の向上心は、素直にすげーなって思えたし、称賛もできた。
けど、2人での朝練は、そんな長い期間にはなんなかった。
『ワリーけど、1人で練習させてくれ』
オレがそう言って、キッパリと三橋に断ったからだ。
勿論、理由だってちゃんと説明した。
元々この自主練は、自分のペースで自分の思い通りに自分のための練習がしてぇって思って始めたモンだった。そこに三橋が加わると、どうしても気が散って仕方ねぇ。
体力的にも身体能力的にも足手まといなる訳じゃなかったけど、やっぱ誰かがいると自分のことだけに集中できねーし。三橋だって、オレに合わせた練習するより、自分に合ったメニューでやった方がイイ。
オレからキッパリ言ってやんのが、優しさだろうと思ってた。
その翌日から三橋は朝練に来なくなって、正直ホッとしたの覚えてる。
2月にはルーキーを集めての合宿があったし、それが終われば球団の寮だし。高校とは格段に違う濃密な練習メニューをこなすのに精一杯で、それ以外は頭になかった。
卒業式だって、直前に親に電話を貰わなかったら、うっかり出席し損ねるとこだった。
卒業式ん時にも、そういやさっきの会場みてーに見知らぬ連中に囲まれたっけ。ようやく野球部の面々と合流した時には、後輩の練習が始まってて――。
『阿部、これ後輩から。お前の分』
花井に花束を無造作に渡されて、モヤッとしつつ、誰にも文句が言えなかった。
あん時、最後に裏グラをみんなで見に行って、後輩たちの練習風景をちょろっと見学したんだったか。
いや、オレらの脇を抜けてロードワークに出ちまって、挨拶もそこそこにグラウンドを明け渡されたんだったか。
そういや、あれっきり三橋の姿を見てねーかも?
「オレ卒業式の後、グラウンドでちらっと見たっきり、三橋に会ってねーわ」
正直にそう言うと、なんでか一斉に「ええーっ」って驚かれた。
「会ってないだけ? 連絡くらい取ってんだよね!?」
栄口に目を剥かれて驚かれ、「連絡?」って首をかしげる。
「別に、用もねーのに連絡取ったりしねーだろ?」
「用がない、って……」
絶句する栄口に、「何だよ?」って言い返す。周りを見回すと、みんなが揃ってビミョーな顔してて、意味が分かんなかった。
ただ――。
『ご、メーワク、おかけしま、した』
最後になった朝練の後、不器用に笑った三橋の顔が頭の中によみがえり、ちくりと小さく胸を刺した。
(続く)
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