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Season企画小説
焦燥の部屋・9
 叶から連絡を貰えねーまま、1週間が過ぎた。
 勿論、当たり前だけど、三橋からの連絡もねぇ。
 仕事帰りに着信がねーのを確認して、ゆっくりと絶望しながら1日を終える。
 三橋もこうだったんかな? オレからの着信を、ずっとこうして待ってたんかな?
 そんなこと、考えたこともなかった。ヒデェよな、オレ。

 鳴らない電話は、ある種の凶器だ。
 毎日毎晩、寂しさに弱った胸を、浅く浅く切りつける。浅い傷じゃ死なねーけど、スゲー痛ェ。
 痛ェんだと、知った。

 いや――オレは、たかだか1週間だ。三橋は何か月も待ったんだ。
 待って、待って、待ち続けて、心が傷だらけで血まみれになって、そんで待つのをやめたんだ。
 今更……連絡欲しいとか、ふざけんなって感じかな?
 やっぱ好きだって、大事だって、思い知ったのに。

『大事なら放置するな』

 叶の吐いた正論を思い出す度、大声で叫び出したくなる。
 叫ぶ訳にいかねーし、叫んだってどうにもならねーけど……放置した事実を、消し去ってしまいたかった。
 年末で、仕事が忙しいのが救いだった。
 
 同僚たちは、土日にオレが恋人に会いに行ったのも、失意のまま帰って来たのも、全部知ってたみたいだった。
 特に詮索もされなくて、「まあ、呑も呑も」と、背中を叩かれた。
 けど、酒なんか呑んだって、三橋が戻って来る訳じゃねぇ。それどころかビールを見ると、冷蔵庫に詰まったスーパードライを思い出す。
 三橋のいねー部屋に戻る日まで、あと1週間を切っていた。


 皆やっぱ、クリスマスは忙しいのか。オレの送別会は、3連休の前日、木曜の夜に行われた。
 また……誰かが持ち込んだケーキが、狭い座卓に鎮座してる。
「クリスマスケーキは、ブッシュドノエルよねぇ」
 買って来たらしい女が、自慢げに言った。
「あれ、ロウソクねーじゃん」
「クリスマスケーキにロウソクはねーだろ」
「うっそ、あったって!」
「それ、お前の田舎限定じゃね?」

 くだらねーバカ話。希薄で、居心地のいい関係。
 けど、オレの心の暗雲は、一時だって晴れやしなかった。

「阿部君、コーヒー飲みたいから、お湯沸かして〜」
 ケーキを買って来た女が、ドリップバッグをひらひらさせながら言った。今日は、初めからマグカップを人数分持ち込んでる。
「……おー」
 オレはぼんやりと立ち上がり、鍋に水を入れて火にかけた。

 女の同僚が横に来て、カップにドリップパックを1個ずつセットしてる。それが終わったら、後ろの壁にもたれてパカッとケータイを開けた。
 メールでも打ってんのか、両手でケータイを操作して……そして言った。
「あっやだー、バッテリー残り1になっちゃった。阿部君て、FOMAだったよね? 充電器貸して」
「自分の部屋で充電しろよ」
「だって、メール待ってるんだもん。私の部屋に置いとけないし。コンセント借りるんなら、コードも借りたって一緒でしょ」

 同僚はそんな勝手なことを言って、床に置いてるオレの充電器の前に座った。
「まだ貸すって言ってねーぞ」
 オレの苦情はきれいに無視して、女はコードから白の充電ホルダを引き抜いた。そして自分のケータイの接続端子に勝手にコードを刺している。

 勿論オレも、FOMA同士なら同じ充電コードが使えることを高校時代から知っていた。だって、買った時に説明されたもんな。
 けど、三橋は知らなくて……つか、覚えてなかったんか。前にあいつのケータイ、オレんちで充電して見せてやったら、スゲー感動されたっけ。
『ふおお、スゴイ』
『阿部君は、スゴイなぁ』
 三橋はそう言って……笑ったっけ。

 あれは何年前の話だった? 些細な思い出に胸が痛む。
 もうあいつは、叶と同じ白いスマホに乗り換えちまって、オレの選んだオレと同じFOMAは、二度と充電もされねーで――。
 と、そう思って、ハッとした。

「あ、あのケータイ……!」

 三橋は。
 オレの充電器でも、自分のあのケータイが充電できることを知ってる。
 オレがあれを充電して、中を見るとか……できることも知ってる。
 知ってて放置したんじゃねーのか?
 考えすぎか?
 でも……。

 時計を見る。8時40分。
 東京行新幹線の終電は、確か10時とかだ。余裕で間に合う!

「悪ぃ!」
 オレは大声を出して、集まった同僚達に言った。
「今から東京行ってくる!」

 勿論、口々に文句を言われた。
「はあー? 何言ってんの?」
「誰の送別会だよ、こら」
「料理どうすんの?」
「強制オヒラキか? おいおい」
 けど、オレはそれ以上謝らねーで、食器棚を開け、その奥から三橋のマグカップを取り、手を突っ込んだ。
 ちりん、とヒヨコの鈴が鳴る。、

「今から行くから、皆は続けてくれていーよ。帰り、戸締りだけよろしく」

 そうして合鍵を誰かに向かって放り投げ、オレの充電器使ってる女に「悪ぃ、自分の持って来て」つってコードを引き抜く。
 文句言われたけど、構ってられねぇ。
 素早くロングコート着て、そのポケットに充電コードを押し込み、財布とケータイを確かめる。
 我ながらスゲー軽装。
 でも、気が急いて、他に準備する物とか何も思い浮かばなかった。

「悪ぃ!」

 もう一言皆に謝って、オレはマンションを飛び出した。
 もう歩いてらんねーで、駅までも走って行った。

(続く)

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