Season企画小説
悪霊祓いとカボチャランタン・5 (終)
交差点を1つ2つ越え、あの神社に近付くごとに、カボチャランタンの浮かんでは落ちる数も増えて行った。
道路にランタンの残骸が落ちる音が、ぼたぼたと続く。
風のように頼りない、かすかなホイッスルの音も聞こえた。トン、トン、と太鼓をたたく音も、そこに混じっているようだ。
もーてーこーい、もーてーこーい。
遠くに聞こえる子供たちの声は、提灯行列の時の掛け声だろうか。
時刻は夜の7時少し前、かつて提灯行列のために子供たちが神社に集合したのと同じ時間。
通常なら交通量も多く、人通りも少なくない時間帯なのに、自宅を出てから誰一人廉とすれ違う者はいなかった。
この霊が、かなりの力を持っている証拠でもある。他の祓い師の手に負えなかったのもうなずける話だ。
「琥珀鬼」と呼ばれる廉ですら、守護神に「神事」を願った程である。
元から力が強かったのか、無数の弱小な霊を取り込んで強くなったのか。祭りの空気が力を増幅させたのか? 何にせよ、鳥居で区切られた「神域」に居座れる程度には力があるということだ。
今のところ、イタズラ程度の被害で済んではいるが、この先のことは分からない。
このまま放置していれば、あの踏切のように事故が多発したり、神社と同様に火事が起きたりする可能性もある。
神隠しが起きてからでは遅い、と、それは三橋本家も考えての派遣だったに違いない。
ただ、廉自身はそんな複雑なことを考えていた訳ではなかった。本家から命令されたから行く、それだけだ。
提灯のように明かりを灯し、あちこちに飾られたカボチャランタンが廉を誘う。
「琥珀鬼」の住む家にわざわざ近付かなかったハズの悪霊が、今はふらふらと触手を伸ばし、力を誇示しているようにも見える。
秋祭りの時期を経て、濃密になったざわめきと気配。
神社に近付くにつれ、数を増やすオレンジ色の怪しいランタン。
けれど、廉の心に恐怖はひとかけらもなかった。廉は1人ではなく――先ほどの「神事」によって、守護神の力をその身に眩しく宿していた。
石造りの鳥居が見える通りに出ると、まるで祭り提灯でも掲げているように、オレンジ色のカボチャランタンが無数にずらりと並んでいた。
もーてーこーい、もーてーこーい。
ハッキリと耳に届く、子供たちの掛け声。勿論、本当に子どもたちの声な訳がないと、最初から廉も分かっていた。
大小のランタンの列は、嘲るような笑みを見せつつ、鳥居の奥まで続いている。自宅付近に浮かんでいたそれと違うのは、全部が全部本物ではないというところだろう。
廉がゆっくり歩み寄ると、同時に周囲のランタンも斬られて落ちる。
琥珀色の光は今も廉の体の周囲をめぐっていて、美しいらせんを描きつつ、悪しきものを斬り祓っていた。
鳥居の前には、2人の男が蒼白な顔で立っていた。夕方に会った依頼者たちだが、その顔色は随分悪い。
彼らが何を見て、何を見られないのか、廉には分からない。ずらりと並ぶオレンジの明かり自体、見えているとは限らない。
「こ、これは一体……」
男の1人が、身を竦めながら周りを見回していたから、何かは見えているのだろう。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
説明する義務もない。
「始め、ます」
廉は男たちにぺこりと頭を下げ、それから黒の少年神と共に、古ぼけた灰色の鳥居をくぐった。
まず視界に入ったのは、濃密な闇。
けれど次の瞬間ゴウッと熱風が吹き、門の向こうに巨大な炎が現われる。
オレンジ色のランタンが消え、代わりに同じ色をした炎が境内に向かってずらりと伸びた。
「火事、か」
『ああ、幻のな』
廉の呟きに、傍らの少年神が応える。
カンカン、ウーウーと鳴り響く消防車の鐘とサイレン。それに混じる、祭りを先導するホイッスル。
もーてーこーい、もーてーこーい。
子供たちの声がじきに歪んで、不気味に沈んだ低音に変わった。
――持て来い。
だが、そんな要求に応える理由はない。
悪霊に捧げる物もない。
まるで威嚇するように鳴り響くそれらも、廉が柏手を1つ2つ打つうちに鎮まった。
代わりにずらりと並んでいた炎が、廉の周りを取り囲む。
しかしそれも、「琥珀鬼」の足を止めることはできない。
「邪魔、だ」
短い言葉と共に、ぶわりと解き放たれる力。らせん状に渦巻く光が威力を増し、無数の炎を斬り伏せる。
『神を気取るにゃ、千年早ぇんだよ』
漆黒の少年神の言葉が届いたのだろうか。おおお、と声なき悲鳴が境内に響いた。
燃え盛る巨大な炎がおののくように形を変え、炎のつぶてを廉に投げる。勿論それらが、廉に届くハズもない。
『効く訳ねーだろ』
ふん、と不敵に笑う漆黒の神の光の刃が、揺るぎなく廉を護っていた。
「もう、火事は、ない。神社も、ない」
淡々と事実を告げ、廉は炎に歩み寄る。
「神様がいない、から、祭りももう、ない、よ」
まさか、と、誰かが嘆いたような声がしたが、それに耳を貸す「琥珀鬼」ではなかった。
「消えて、上がって」
廉が光をまとう右手を掲げ、炎に向かって振り下ろす。
炎と、そしてその陰に隠れていた何かが光の刃に斬り裂かれ、ぎゃあああ、と悲鳴を響かせた。
ガシャン、と音を立てて、炎に隠されていた小さな祠が崩れ落ちる。
祀られている神もいないので、崩壊はひどくあっけない。建てられてまだ数年とは思えないほど老朽化していたが、あの霊に力を吸い取られていたせいかも知れない。
キラキラと琥珀色の光が、無数に空に上がって行く。
境内を覆っていた闇は少しずつ薄まり、そして間もなく、この時間帯にふさわしい街の息吹きが戻された。
例の神社の火事が、神主による放火だったと廉が知ったのは、あのハロウィンの夜から数ヶ月程経った後のことだ。
やはり本家からの指示を受け、廉は仕事としてあの境内に立ち入った。
あの時崩れ落ちた祠の代わりに、新しく拝殿や本殿を建て直すことになったらしい。
神主が焼身自殺した場所でもあるので、念には念を入れて浄化したいのだ、と――今回の依頼者は、その神社を併せて管理している近隣の神社の関係者のようだ。
『浄化するようなモンは、何もいねーけどな』
ふん、と鼻で笑う漆黒の神に心の中で同意しながら、廉は依頼者たちに神妙な顔で頭を下げた。
「み、三橋家から来ま、した。廉、です」
自宅に一度荷物を置いて、そのままやって来た廉の姿は、高校生らしいダッフルコートに、コーデュロイのパンツ、スニーカー。
廉の周りにはいつものように、琥珀色の光が美しいらせんを描いていて、傍らには守護神である黒髪の少年が、ぴったりと仲良く寄り添っていた。
(終)
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