Season企画小説
悪霊祓いとカボチャランタン・3
秋祭りの週末が終わり、高校周辺の提灯が取り除かれても、空気のざわめきは治まらなかった。
廉の自宅付近はことさら顕著で、夜になるとどうにも胸が騒いで仕方ない。
何もない、とは到底言えない状態だ。
ただ、だからといってざわめきの元を探そうとは思わなかった。
悪霊祓いを業とするプロとして、依頼のない祓いはご法度だ。これは暗黙の了解でもあり、三橋本家で修業を始めた当初から、キツく言い聞かされたことだった。
今の廉は、地域に住まうただの住民。
単なる一高校生にできることは、何もない。例えその身に神気を宿した「琥珀鬼」でも、同様だった。
また、誰もがみんな廉と同じように敏感だとは限らない。
「よお、三橋。秋祭りどーだった?」
いつもと同じ調子で話しかけて来るクラスメイトは、このざわざわした空気を気に留めてもいないようだ。
そのことに感心しながら、廉は週末の様子を思い浮かべる。
「うち、多分どっちも来なか、った」
「獅子舞も提灯行列もか?」
クラスメイトの問いに、こくりとうなずく廉。
ざわめいた空気を感じつつ家にいたのだから、どちらも見ていないのには間違いない。
「へぇ、秋祭りやらねー地区もあるんだな」
「それかやっぱ、町内会入ってねーんだろ」
みんなが口々に喋る中、窓の外に視線を向ける。
廉の自宅周辺程ではなかったけれど、校舎の外を流れる風は、やはりどこか謎のざわめきをはらんでいた。
廉の元に町内会とやらから依頼が来たのは、秋祭りの週末から10日程経った後のことだ。
どうやら廉の自宅のある界隈で、夜7時から8時にかけて、呼び鈴が鳴らされる事件が頻発しているらしい。
ピンポーンと呼び鈴が鳴らされ、インターホン越しに「はい」と返事しても、応答がない。不思議に思ってドアを開けると、そこには誰もいないのだという。
1件や2件ならイタズラの可能性もあるだろうが、ここ10日程毎日、何件も起きているとすると、イタズラにしては悪質だ。
その他にも、「幾つもの提灯が空中を飛んでた」とか、「誰もいない夜道にホイッスルの音が鳴り響いていた」とか、様々な証言があるらしい。
「カボチャランタンが並んで飛んでた」という話もある。
どこまでが本当なのか、気のせいなのかは分からない。少なくとも廉の自宅には来ていない。
『来る訳ねーだろ』
とは、廉の守護神である少年の談だ。
廉の体の周りを巡る琥珀色の光のらせんは、雑多な霊を無自覚かつ無慈悲に切り刻む。
そのらせんの範囲は狭くても、大概の弱い霊は気配に怯え、わざわざ近付かないだろうとの話だった。
放課後、まっすぐ自宅に帰った廉は、荷物を置いた後で現場に向かった。
現場は廉の自宅から、交差点を幾つか隔てた住宅街。古ぼけた石造りの鳥居が見えて、こんなところに神社があったのか、と、廉は少し驚いた。
その鳥居の下には男が2人。関係者らしき彼らの側に歩み寄り、廉はいつも通りに名乗りを上げた。
「三橋家から、来ま、した。廉、です」
「三橋……?」
「こんな子供が……」
大人2人の口からそんなぼやきが聞こえたが、いつものことなので廉が気にする様子はない。
それよりも、鳥居の奥の不穏な気配の方が気になった。
元は隣町に住む、別の流派の祓い師の元に持ち込まれた話だったようだが、手に負えないということで、三橋家を通じて廉に声がかかったらしい。
2人のうち、どちらが町内会の者なのか、廉は知らないし、興味もなかった。
ただ、依頼者が町内会である理由は、本家から事前に聞いていた。依頼料は市から出ているが、表向きの依頼者は町内会長だ、と。
別に珍しいことではないので、不思議にも思わない。また、体面や外聞のこともあるだろうが、実際に住民からの問い合わせや苦情の寄せられる先も、町内会になるらしい。
「提灯行列は町内会主導だろう、という訳ですよ」
男の1人が、困ったように頭を掻いた。
「『ちゃんと子供たちを引率しろ』と言われても、提灯行列自体、もうやってませんからねぇ」
「やって、ない……?」
廉の質問に、男は「そう」と短くうなずく。
獅子舞にも提灯行列にも覚えがないハズだ。もう何年も前に、この地区の秋祭りは廃止になっていたらしかった。
『確かに、祭りなんでできる空気じゃねーな』
傍らに寄りそう少年神の言葉に、廉は鳥居の奥に目を向ける。
音もないざわめき。
祭りの前夜のような、少し浮かれた風が吹く。
悪霊らしき姿は今のところ見えない。だが、見えないからといって、いない訳ではなさそうだった。
「あ、の。なんで、提灯行列、は……?」
廉の言葉足らずの質問に答えてくれたのは、さっきと同じ男だ。
「神社の本殿も拝殿も全部、焼けて無くなったんですよ」
「焼け、て?」
首をかしげながら、再び鳥居の奥に目を向ける廉。
ここからは残念ながら拝殿のあった場所すら見えないが、火事で全焼した後、今は小さな御堂が残るだけになったらしい。
神主もよその神社との兼任に代わり、たまに祝詞を上げに来るだけだとか。神社主導の秋祭りもなくなって、提灯行列も、その火事以来ずっと行われていなかったようだ。
「そう考えてみると、これは神様が提灯行列を再開しろとおっしゃってるんだろうかねぇ」
「ううーん」
男2人の会話に、『違うな』と漆黒の少年が軽く笑う。
『ここの神はもういねぇ』
「いない、ね」
廉は守護神の言葉にぽつりと同意の呟きを漏らした。
いつ神がいなくなったのか、廉は知らない。火事の時かも知れないし、その後かも知れない。逆に、もっと前から不在だったのかも知れない。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
ここにいるのは神ではなく――。
廉にできるのは、それを祓うことだけだった。
(続く)
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