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Season企画小説
悪霊祓いとカボチャランタン・2
 男子トイレでひとしきり神の寵愛を受けた後、廉は身支度を整えて、のろのろとその場を後にした。
 どんなに乱暴に突き上げられようと、守護神である少年との「神事」において、廉が苦痛を感じたことは1度もない。
 けれど、いくら痛みがないとはいえ、脱力感は残るものだ。
 早々に帰宅しようという気も失せて、廉は気だるい体を持て余すように、片隅のベンチに座り込んだ。
『早く帰んじゃなかったのか?』
 くくっと耳元で少年神に囁かれたが、それを無視して壁にもたれる。コンクリートの壁は冷たくて固く、火照った体に心地いい。
 体内に黄金の神気は満ちていたが、だからといってキビキビ動けるものではない。自室のベッドではないのだから、手加減を覚え、ほどほどにして貰いたいものだ。
 はあ、と気だるいため息をつき、身を起こす。
 すると向かいの花屋の一角に、オレンジ色のカボチャがたくさん積まれているのに気が付いた。

 ふらりと近付くと、大きさによって値段も色々なのが分かる。
 くりぬいてランタンを作るためのカボチャのようで、「食べられません」とご丁寧に注意書きが掲げてあった。
 100円の値札のついた小さなカボチャを、1つ手に取って弄ぶ。
「ハロウィン、か……」
 ぽつりと呟いた廉に、『何だそりゃ』と少年神が軽く笑った。いくら流行しているとはいっても、異国のイベントは彼には関わりないようだ。
 そういう廉にも、あまり関わりはなかった。
 悪霊祓いの力が、ミイラやドラキュラ、狼男に通用するのかは分からない。それらが実在するとは思えない以上、考えるだけムダなことかも知れなかった。


 廉がカボチャのランタンではなく、提灯の話を聞いたのは、10月半ばの教室でのことだった。
「三橋、お前んちの秋祭りって、提灯行列か?」
「それとも獅子舞か?」
 クラスメイトに唐突に訊かれ、廉はこてんと首をかしげた。提灯行列にも心当たりなければ、獅子舞にもない。そもそも秋祭りという行事自体、耳にしたのは初めてだった。
 彼らが言うには、この辺りでは地区によって昼に獅子舞をやる所と、夜に提灯行列をやる所とがあるそうだ。
 他にも色んなパターンがあるようだが、共通するのは小中学生主体であることと、各家を回ってお菓子やお金を貰うこと。
「ハロウィン、みたい、だね」
 廉が思ったままにそう言うと、クラスメイトも「確かにな」とうなずいた。
「でも、仮装はねーぞ」
「それに、お化けが出るって訳じゃねーよな。むしろ神事」

 神事と聞いて、ぴくりと廉の肩が跳ねる。
『へえ、神事も色々だな』
 今も側にぴったり寄り添う守護神が、廉だけに聞こえる声で軽く笑った。
 神事も色々とは、この少年神にこそふさわしい言葉だろう。他人には決して打ち明けられない「神事」を、廉と彼は共有している。
 神事によって得た神の力は、廉の体内に今も満ち、その体の周りに美しいらせんを描いていた。

「それで結局、お前んちはどっちだ?」
 クラスメイトの再度の質問に、素直に「知らない」と答える廉。それには大層驚かれたが、中学の3年間を地元で過ごしていないとなると、無理ない話だと納得された。
「もしかしたらお前んち、町内会入ってないんじゃねぇ?」
「あー、そうか。あれ町内会の行事か」
「そーだよ、だから地区ごとに……」
 誰かの言葉に、他のクラスメイトがまた口々に喋り出す。
 みんなの様子を眩しく眺めながら、廉は会話に加わらず、彼らの話を聞き流した。
 由緒正しい悪霊祓いの家系である三橋家に、町内会などという単語は恐ろしく似合わない。
 廉の両親は三橋家の家業とは無関係を貫いているが、それでもやはり、そんな団体に加わっているとは思えない。
 子供たちが集まり、行うという秋の神事。そんなささやかな行事に参加している自分の姿を、廉自身、想像することもできなかった。

 廉の住む地区の行事が、提灯行列なのか獅子舞なのかは結局分からなかったものの、秋祭りがいつなのかはすぐに分かった。空気が妙にざわめいていたからだ。
 お盆の時期と似たようなざわめきに、廉は背筋を震わせる。
『神事にしちゃ、不穏だな』
 少年神の言葉に、「う、ん」とうなずく。
『どっちかっつーと、ハロウィンとやらの方が近いんじゃねぇ?』
 その囁きにもうなずきながら、廉は先日のスーパーで見かけたカボチャのことを思い出した。

 廉の通う高校の周辺でも、同じ時期に秋祭りがあるようだ。通学路のあちこちに大きな提灯が掲げられていて、その提灯にはどこかの神社の名が記されている。
 恐らくこの辺りは、提灯行列の地域なのだろう。
 一方の廉の自宅周辺はというと、提灯の類は見られない。では、獅子舞の地域なのだろうか? それとも、他の祭りをするのだろうか?
 そもそも、祭りを行う神社はどこだろう?
 中学の3年間を本家で過ごした廉にとって、自宅周辺を「地元」とする意識は薄い。
 廉にとっての神とは、自分にぴったりと寄り添う黒髪の少年神だけだ。
 仕事で神社仏閣などを訪れることもあるが、この守護神ほど濃厚な気配を、どこの神々からも感じたことはなかった。
『守るヤツが多いと、その分使う力も多くなるからな』
 少年神はそのように説明していたが、本当かどうかは分からない。またその真偽も、廉にとってはどうでもよかった。

 確かなことは、自宅周辺に提灯が掲げられていないことと、その代わりところどころにカボチャランタンが見られることだ。
 町内会とやらで配ってでもいるのだろうか? それとも、小中学校の工作で作ったのか?
 全部が全部、生のカボチャをくり抜いて作られた物ではないようだが、どれも派手なオレンジ色で、秋の住宅街を彩っていた。

(続く)

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