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Season企画小説
失敗のフェードアウト・1 (2018三橋誕・大学生・ヤンデレ?)
 オレが地方の大学に進学したのは、阿部君から距離を取ろうとしたからだった。
 高校時代、野球部でバッテリーを組んでた阿部君とオレは、3年で引退してから卒業するまで、恋人同士の関係にあった。
 お昼を食べるのも一緒だったし、学校から帰る時も一緒だった。
 勉強も一緒にした。勿論、デートだってした。
 親が留守がちなオレの家で、勉強の合間にキスをして、互いの体に触れ合ったりもした。
 ただ、最後の一線は越えなかった。阿部君は「したい」って言ってたけど、オレがずっと断ってたからだ。
「こ、怖い、し、まだ早、い」
 阿部君に何度も迫られ、たじたじになりつつも、オレはそう言って逃げ続けてた。

「まだ早ぇ? じゃあ、いつならいーんだよ?」
 そんな風に、責められるようになって来たのは、12月を過ぎた頃。
「20歳、なってから、とか……」
 しどろもどろに応えると、阿部君は「お前が、でいーんだよな?」って、逃げ道を塞ぐように告げて来た。
 逃げなきゃ、って思ったのは、その時だ。
 こういう言い方したらおかしいかも知れないけど、オレは今もその当時も、阿部君のことがちゃんと好きだった。
 ずっと一緒にいたいって思ってたし、一緒にいると胸の中がほんわかした。
 他の人と付き合うなんて考えた事もなかったし、阿部君がもし他の人と……なんて考えただけで、涙が出そうになるくらいイヤだった。
 今でも、イヤだ。
 けど、好きだからこそ、一緒にいちゃいけないって思った。

 阿部君の迫力が怖い。
 恋人だからって、えっちするのが当然みたいな考えも怖い。
 ぐいぐい来られると口でも力でもかなわなくて、訳が分かんない内に奪われそう。
 そんでその後、オレたちがどうなっていくかっていうのも怖かった。
 オレと阿部君、どっちかがもし女なら、違ったのかも知れない。男女には結婚っていうゴールもあるし、妊娠っていう結果もある。
 けど、男同士にそれはない訳で――じゃあ、いつまで恋人なんだろうって、未来が見えないからすごく不安だった。
 いつか来るだろう終わりを、この目で見たくない。
 だから、オレは彼から逃げて……高校卒業を機会に、フェードアウトしようって決めたんだ。

 高3の年末になると、受験でやっぱ忙しくなるし、距離を取るのは思ったよりも簡単だった。
 阿部君からの誘いを5回に1回は断るようにして、一緒にいない時間を作った。
 5回に1回が3回に1回になり、やがて3回に2回になる頃、2月になった。
 バレンタインにチョコはあげたけど、「忙しいから」ってウソついて、外で会ってすぐに帰った。ホワイトデーはたまたま卒業式と同じ日で、謝恩会とかもあったお陰で、うやむやに過ぎた。
 大学入ってからも、しばらく阿部君は連絡をくれてたけど、返信を遅らせるようになってから、ゆっくりとそれも間遠になった。
 寂しくないって言ったらウソになるけど、自分でもうまくフェードアウトできたと思う。
 阿部君が今、どうしてるかは全く知らない。
 オレの近況も、誰かから訊かれることもない。
 1年目の夏、野球部のみんなで集まろうって言われたけど、それは全部断った。
 彼と距離を取り始めて1年半。阿部君の「あ」の字もない日常は、平和だけどちょっと寂しくて――でも、これでいいんだって思ってた。


 そんな理由で始まった、地方都市での一人暮らし。最初は色々心細かったけど、野球部にも入ったし、それなりに仲間もできた。
 オレがこうして「ダメピじゃない」って自信持っていられるようになったのも、元はと言えば阿部君のお陰だ。
 そう思うと胸がぎゅっと痛んだけど、彼から逃げたオレに、彼を恋しがる資格はない。
 今頃阿部君は、誰か別の人と付き合ってるのかな?
 オレはっていうと、やっぱそんな気持ちにはなれなくて、ずっとひとりだ。
 阿部君と距離を置くと同時に、高校時代のチームメイトのみんなとも距離を置いた。唯一田島君だけには連絡先を教えてたけど、彼も忙しいのか、とうに疎遠になっている。
 平和だけど、ほんの少し寂しい日々。
 大学では、仲間内で誕生日を祝う風習もないから、20歳の誕生日も、こうしてひっそり1人で迎えた。
 野球部の練習の後、「お疲れ様」って声を掛け合って、いつものようにクラブハウスを後にする。
「メシ食いに行く人ー?」
 誰かの誘いに、数人が「はーい」と手を挙げる。オレもそれに便乗して、誕生日の夕食は、いつもの日替わり定食になった。

 お腹が満たされ、気持ちもほんの少し満たされて、軽やかに夜の街を歩く。
 ケーキくらいはコンビニで買おうかな? そう思って、アパートの前を素通りしようとした時――。

「遅かったな」

 暗がりから声を掛けられて、飛び上がるくらいビックリした。
 全身の毛を逆立たせ、声のした方を凝視する。その声に聞き覚えがあって、でもそんなハズはなくて、心臓がばくばくした。
「20歳の誕生日、おめでとう、三橋」
 暗がりから声の主が、ゆっくりと現われて街灯の下に立つ。
 そこにいたのは1年前、頑張ってフェードアウトしたハズの元・恋人で。
「コンビニなら、もう行って来たぞ」
 阿部君はニヤッと笑いながら、オレの目の前にコンビニの白いレジ袋をぶら下げた。

(続く)

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