Season企画小説 覚悟と勇気とクリスマス・6 バッセンを出ると、ちょうど夕暮れ時だった。 ビルとビルの間に夕日が落ちてて、空がオレンジ色ですごくキレイだ。ぼうっと見てると、阿部君に肩をそっと叩かれた。 「口、開いてんぞ」 ふっと笑いながら教えられ、慌てて片手で口元を押さえる。 肩に置かれた手が、そのまま自然に背中に落ち、前に進むようさり気なく促してくれた。 コート越しの手のひらの感触に、今更ながらドギマギする。 もう何年も付き合って来て、裸同士の触れ合いだって、数えきれないくらいしてるのに。1度意識すると、なんだか特別なことに思えて、胸の奥がムズムズした。 とても黙っていられなくて、頭に浮かぶままの言葉を口にする。 「ゆ、夕日、キレイだ、ね」 「あー? あー、そーだな。そういや最近、夕日なんて見てねーな」 しみじみと呟くのを聞きながら、雑踏の中をゆっくり歩く。 「こ、高校時代はよく、見たね」 「朝焼けもな」 穏やかに同意され、ふひっと笑みが浮かんだ。 この人と一緒に、同じ夕焼けを何度見ただろう? 同じ朝焼けも、何度見ただろう? これから、後何度見れるんだろう? そんな疑問が浮かび、胸がぎゅっと痛くなる。 じわっと浮かびかけた涙をまばたきで無理矢理散らし、オレはもっかいビルの向こうに沈んでく、キレイな夕日に目を向けた。 駅に向かって歩いてる内に、空はだんだん暗くなり、周りの電飾が代わりに目につくようになって来た。 夏に比べると、冬の方が夜になるの早い気がするけど、ホントのとこはどうなんだろう? 西の空はまだほんのりとオレンジで、でもそこにゆっくりと夜の藍色が滲んでく。キラキラ眩しい電飾やお店の看板が、街を明るく照らし出した。 電飾や街灯が明るいから、余計に周りが暗く感じるの、かな? 「まだ6時前なのに、すっかり夜だな」 阿部君の言葉に、「そう、だね」とうなずく。 日曜、クリスマスイブの午後6時。路地にも店にも人がいっぱい溢れてて繁華街って訳でもないのに賑やか、だ。 人混みを縫うように歩きながら、首を回して周りを見回す。昼間は大して気に留めてなかった駅前の巨大ツリーが、遠目にも明るく輝いて見えた。 特設の床からレーザー光線がパァッと散ってて、縦に横に、空をいっぱいに区切ってく。 雪だるまのオブジェが内側からすごく光ってて眩しい。 こんなの、昼間あったっけ? オレ、デパートの開店と同時にこの駅に来て、それからずーっと周辺にいたのに。ぼうっと歩いてると、色んな物を見逃しちゃうことあるんだ、な。 子供たちがきゃあきゃあと笑い声を上げ、楽しそうに走り回ってる。 レーザーの中を掛け抜け、雪だるまの間をジグザグに走り、ツリーの周りをぐるぐる回って、すごく自由で楽しそう。 「口、また開いてんぞ」 耳元で囁かれ、頭をぽんと撫でられる。 そのまま、大きな手のひらはオレの頭上に留まって、それからそっと抱き寄せて来た。 さり気ない仕草は、ホントに恋人同士のそれだった。すごく自然で、優しくて嬉しい。 あと3ヶ月で別れるのが決まってるなんて、ウソみたい。 なのにドギマギして緊張するのは、オレが意識し過ぎだから? 好きだから? 別れたくないのに終わりが見えて、気になって仕方ないから、かな? 胸が痛い。 好きで苦しい。 離れたくない。 側にいたい。 周りではたくさんのカップルが同じように仲良く寄り添ってて、それがひどく羨ましい。 オレだって、大好きな恋人と一緒なのに――。 じわっと視界が滲みそうになるのを、必死で我慢して息を詰める。やがて阿部君の手が自然に離れ、失くなった体温の分、一気に寒くなった気がした。 「そろそろ上行くか」 阿部君に声を掛けられて、「う、え?」と訊き返す。上ってどこだろう? 首をかしげながらついてくと、なんでか階段を上がって、例のデパートの方に向かってく。 駅前広場からデパートへ続く通路の間にも、色とりどりのイルミネーションがあって、眩しくてキレイだ。 「ぼうっとしてんなよ。足元気ィつけろ」 からかうような言葉と共に、ごく自然に伸ばされる阿部君の手。それを掴むと軽く引っ張られ、幅広の階段を上がってく。 着いた先は、デパートの2階の空中庭園だ。 そこもまた、駅前広場に負けず劣らずのイルミネーションであふれてた。 ツリーがある。雪だるまがある。カマクラもある。内側から光る雪だるまもカマクラも、キラキラで眩しくてキレイだ。 子供たちよりカップルが多くて、写真撮ってる人も多い。 「オレ、も、写真撮る」 思わず言うと、「いーけど」って笑われた。 「何、お前もSNSにアップとかすんの?」 「し、ない、けど。でも、撮りたい」 記憶は薄れるけど、写真は薄れない。だから、思い出を残したい。忘れたくない。何度も取り出して、今の気持ちを感じたい。 ……ずっと、好きでいたい。 「写真もいーけど、その前にこっち来いよ」 阿部君に腕を引かれ、ケータイを持ったまま移動する。 「こっち。下見て」 促されるまま、白い柵越しに下を覗くと――駅前広場からここに来るまでの通路のイルミネーションが、全部一面に広がって見えた。 後ろも眩しい。横も眩しい。下も眩しくて、キレイでスゴイ。 特設の床から放たれるレーザーが、あちこち動いて広がるのも見える。 「す、ごい……な」 「な。何度も来たことある駅だっつーのに、こんなにキレイだって知らなかっただろ」 少し得意げに語る阿部君に、「うん」とうなずく。 「お前に見せたかった」 「うん……」 それは、最後のクリスマスだから、かな? 嬉しいハズの言葉なのに、胸が痛い。 最後にしたくない。 別の誰かと、この光景を一緒に見て欲しくない。 阿部君の隣には、オレがいたい。 「阿部君……」 名前を呼んだ瞬間、ぼろっと目から涙がこぼれる。 「ら、来年も、一緒に見たい」 口をついて出た言葉は、間違いなく本音、で。なけなしの勇気を振り絞り、オレは阿部君に向き直った。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |